街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

「それをなんか覚えてて」鈴木ジェロニモの「耳の音」#13

 

 人間横丁の山田とそばを食べた。小原晩さんと竹井晴日さんの2人展「ほーよー」に「一緒に行きませんか!」と誘ってくれて一緒に行き、かっこいいものがどうやってかっこよくなったのかの過程を見せてくれる展示が本当に信頼できる、みたいな話をして炎天を歩く。そば屋を見つけて「「そば」」と運命みたいにユニゾンしてそのおそば屋さんに入る。出てきたそばのかがやきを嗅ぐように見ていると写真を撮ってくれる。そういえば、写真っていつからやってるの。「高校のときからです」。ほえー。「写真部に入ってて」。写真部。どうして、どんなふうに、と色々気になったけれど一口食べたそばのおいしさに意識を奪われてしばらくそばの話をする。

 おれはコーヒー好きなんだけど山田は。「僕も好きです」。じゃあ、と喫茶店に行く。カウンターに横並びに座る。メニューを見るとブレンドとストレートが同じ値段で書いてある。自分の中ではストレートの方が高く設定されているイメージがあり、そういう安い心も後押しして、あとは普通においしそうで、マンデリンを注文する。山田はブラジル・サントス。何も示し合わせていなかったけれど、そこに共通する何かがあった気がして、おお、と思う。

 気になっていた写真部について聞く。「中学ではバスケ部だったんですけど、高校から写真部に入りました」。なんで写真、ってなったの。「小さい頃に親戚の写真を撮ったことがあって。デジカメを渡されてそれで撮ったんです。そしたら、いい写真だ、って言われて」。ああ。おお。「それをなんか覚えてて」。

 それをなんか覚えてる。そういうものがあると思う。「ジェロニモさんは野球部でしたっけ?」。そうそう。「ポジションは?」。キャッチャー。「わあ〜」。っぽいよね。「っぽいですね」。高校1年生のとき、野球部の先輩が「お前キャッチング上手いな」と、雨降ってきた、くらいの感じで言ってくれた。それを水滴のように覚えていて、たったそれだけを頼りに3年間キャッチャーをやり続けることになる。稲妻みたいに瞬間的に人生を決定づける衝撃は意外となくて、なんか覚えてる、そういう記憶がウインカーのように光ってくれて、ああ、と思い出したように切られるハンドルがある。

 前に写真撮ってくれたフォトグラファーの方がインスタにいろんな光を投稿してて。写真って光をあつめることなんだって思ったんだよね。「光をあつめる。わあ、いいですね」。山田が一度正面を向いて自分のことのように頷く。今日のことを、少なくとも私は、なんか覚えてる。

そばを撮る山田
山田が撮る私

【次回更新は7月5日(土)正午予定】

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鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

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