街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

依頼をいただいて高等学校で短歌について話した。栃木県立宇都宮女子高等学校。宇女高。うじょこう。私の母親の出身校だったり好きな人が通っていたりして、その略称が私をいつまでもどきどきさせる。
「実はお兄さんと高校のとき同じクラスでして」。オファーをくださった先生が校門から教室まで案内しながら言ってくださる。『水道水の味を説明する』の書籍きっかけで知った、調べたら短歌を作ってらっしゃる、学校で詩や韻文についての講座を開きたかった、受験勉強には直接繋がらないかもしれないけれど生徒たちはきっと面白いと思ってくれる、大学院時代に詩の翻訳について研究していて、などと知りたいことを尋ねたらぜんぶの返答を嬉しい響きで渡してくださる。
「ご挨拶よろしいですか」。教室に着くと母に近しい年代と思われる先生から話しかけていただく。「ご両親とはそれぞれ職場が同じだった時期がありまして」。わあー、それはそれは。「ひいおばあさまにもお世話になりました」。えっ、ひいばあちゃん。両親は教員なので何かしら繋がりある人はいるだろうと思っていたけれどまさかひいばあちゃんまで出てくるとは。20年以上前に亡くなったひいばあちゃんのフルネームを久しぶりに口から発して、その懐かしさに自分で驚く。ここの誰かと家族の誰かしらが繋がっている。初めて入った教室だけれどそれほど遠くないというか、そこが母国語の異なる家のような縦長の直方体に思えてくる。なあんだ。別にアウェーでもなかった宇女高をよりホームに感じ始める。
「えっと……サインってもらえますか?」。終盤の質問コーナーで生徒さんから尋ねられる。もちろんOKです。言うとほんのり盛り上がる。質問してくれた生徒さんはウワッヤバッといった様子で隣の人と感情を抑え合っている。私が逆に学ばせてもらいました、とか言ってる講演を嘘じゃんかと馬鹿にしていたけれど実際そういう気持ちになる。ここに感情がこんなにある。「私もサインもらってもいいですかっ」。講演が終わると他の生徒さんも教卓周りに集まってくれる。ルーズリーフが手渡されてそこにサインを書く。ルーズリーフ。自分が使っていた当時はなんの思い入れもなかったけれど今触れてみるとこんなに高校生な紙はない。罫線があることでむしろ白紙よりしろくなった紙に絵のように文字を書く。
「ビーリアル撮っていいですか?」。え、はい、いいっすよ。照れながら答える。けれど照れていないふりをしてわざと表情を強張らせる。私が高校生でない理由が分からない。「一緒に撮ってもらったらいいじゃん」「ねえそれは恥ずかしいから無理」。一緒に撮らなかった写真のことを私は一生忘れない。


【次回更新は6月28日(土)正午予定】

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
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「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生 |
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