街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

鈴木ジェロニモの「耳の音」#06「音の読み聞かせ」——代官山、ノイズ・アンビエントイベント

 

 新宿の劇場で事務所ライブに出演した後、代官山に行く。シアターギルド。オールナイトのノイズ・アンビエントイベントが開催される。オールナイトの、ノイズ・アンビエント、イベント。「鈴木ジェロニモさんに音を説明していただきたく……」。主催のDJの方から出演依頼をいただいた。YouTubeの「水道水の味を説明する」などを観て依頼しようと思ってくださったらしい。わけわからない方が未来だから、ぜひ出演させてくださいと返事をした。

 会場に着くとDJの方々が何人もいらっしゃった。「お笑い芸人をやっています、鈴木ジェロニモです」。そちらの作法は分からないがとりあえずお笑い芸人としての挨拶をお1人ずつにさせていただく。どなたもにこやかに爽やかに応対してくださって、勝手に抱いていた尖ったイメージが柔らかく払拭される。「本日はありがとうございます。ご出演いただけて本当に嬉しいです」。主催の方が律儀に話してくださる。リハの確認事項や本番の流れなどを丁寧に共有していただきその全てに納得して頷く。こういったDJイベントでの「説明」行為は初めてなのでどうなるか未知数ですが楽しみです。心配より期待が大きいことを正直な言葉で伝えようと試みる。

「そうですよね。音を説明するって、言うなれば、音の読み聞かせですもんね」。主催の方が言う。音の読み聞かせ。んん、なるほど確かに。私の「説明」という行為は読み聞かせと言い換えられるのかもしれない。「水道水の味を説明する」とはつまり、水道水の味の読み聞かせ。言葉以外の情報としてそこにあるものを言葉の面からたどたどしく照射する。持ち上げた懐中電灯で暗闇を照らすとその明るいわだかまりが手の振動でふるふる震えるように、言葉は事実を掴み損ねる。私が「説明」するとき確かに、初めからそこに書かれていた一行を読み上げて、そして読み上げ終えたようなちいさな充足感がある。

 音を説明……し終えてカーテンで仕切られた楽屋に戻る。他のDJの方が両手でグッドのポーズをして迎えてくださる。「めっちゃ良かったです。金魚が目を開ける音、とかのあたり特に」。こんなに異なる私たちが意味の外側で手を繋ぐ。惑星のように大きな音が水のようにやわらかかった。

音を説明している

 

 

シアターギルドの隣の店の壁

【次回更新は5月17日(土)】

【過去の記事を読む】鈴木ジェロニモの「耳の音」 記事一覧

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

連載の詳細はこちら

 

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
鈴木ジェロニモの「耳の音」
550円(税込)
商品の詳細をみる

芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)

初回記事を見る〈無料〉
「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生
ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。