街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

友達の家に行ったら友達の友達が来た。仮にAさんと呼ぶ。Aさん。初めてお会いする。友達の家に入ってきたAさんはネイビーのスーツを着ていて髪型はセンターパート、張りのある爽やかな青年といった印象。
「え、なんかAさん全然ちがう人みたいなんだけど」。友達が言いながら笑う。友達によるとAさんはもっとアバンギャルドな、長髪を暴れさせながら3色以上の服を着る破天荒な人、だったらしい。「うん、もちろんその俺もいるよ」。Aさんが言う。友達が笑う。なんか、いい。友達がAさんを好きな理由が分かる。「でもね、最近気づいたの。本当にすごい人って、わざわざすごい格好しないんだよ」。「おおー笑」。友達が、Aさんらしいなと感じて笑っているのが分かる。いいっすね。私が声に出して言う。「いや何か適当に言ってないっすか? ああすみません、初めまして、Aといいます」。改めてちゃんと挨拶させていただく。「え、Aさん敬語つかってる」。「そりゃつかうよ初めましてだもん。でもこれは成長ね。いや、進化?」。「進化ぁ」。AさんがAさんらしいことを言って友達が笑う。その両方が私にとって嬉しい。
Aさんらしさ。それは年齢が社会との接続を意識させる上で自分の奥にしまい込む、心のままの自分だと思う。他者にそれを見せた場合、わるい意味で子供らしい、と不勉強者の扱いをされることがある。人はAさんらしくなろうとして、その後なろうとしなくなる。しかしAさんの良さはそれを引き受けていることにある。他者と異なってやろう、という意思ではなく心のままの自分が思うなりたい自分に純度高く適応する。結果として、異なる。それにまつわる空間のあらゆる感情を引き受ける。Aさんと私の最終的な着地点はきっと真逆の方向だし多分友達を介してしか会うことはないだろうけれど、私はAさんに対して背中を預けるような心地よさを感じていた。
「自分との約束守れない奴は他人との約束守れないから」。「おおー、Aさんアツい」。「いやいやいや、アツいとかじゃなくて本当ね」。友達が笑う。私も笑う。またAさんに会いたいし、会いたくないし会いたい。


【次回更新は5月10日(土)】

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
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「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生 |
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