街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

 

 ロイヤルホスト。スキー場で雪に疲れた頃に開放的に休みたくなるコテージのような佇まい。階段を上がって二階の扉を開けると入店したことになって、店員さんが来る。窓際のお好きな席へどうぞ、と言われたので窓際の、いくつかある空席のひとつに、店内の様子を見たかったから窓を背にして座る。テーブルが、頼りたくなる背中のように、大きくて広い。そこに大の字に突っ伏しても許されそうだと思って、行動には移さない自分に安心する。店員さんが持ってきてくれたメニュー表を見る。確かに安くはない。しかしその安くなさに納得がいくくらい、入店から座るまでの間に、この空間に対してクリスマスのような愛着が湧いていた。安くなくてありがとう、とすら思える。

 オニオングラタンスープとドリンクバーを注文する。注文を終えてようやく周囲の情報が目に入ってくる。客席の年齢層は比較的高めで、家族ぐるみで交流のありそうな大人たちと子供たちが適切な集団意識で早めの夕食を囲む様子が目立つ。テーブルにテキストを広げる高校生か中学生らしき人たちもいたけれど、席に向かい合うだけで姿勢の良さが迸る俊英たちだったから、もはや大人にカウントした。同世代は少ない。自席からドリンクバーに向かうことを口実に、同世代、同世代、と口に出さないまでも目で探す。おっ。いた。ドリンクバー手前のボックス席に、おそらく同世代の三十歳前後と思われる、僕が勝手にジャッジするならカップルのように見える二人組が座っていた。ああよかった。どうしてか、安心した。海外で日本人に会ったときのような、無関係な相手への勝手な連帯意識に緊張が緩む。マシンのボタンを押して、コップがバンホーテンのココアで満たされるのを待つ。同世代の会話が背中越しになんとなく聞こえてくる。

「壁の色はどうする?」

 え。ちょっとごめん待ってくれ。自分が止まって、ココアのマシンだけが動く。今確かに同世代から「壁の色はどうする?」と聞こえた。壁の色。考えたこともない。僕にとって壁の色は、決まっているものだ。壁が決めた色を受け入れる。しかしロイヤルホストにいる同世代は壁の色を選ぶ。選べなかったものを選べるようになることが人生だ。危ねー。何にかは分からないけれどとにかく危ない、と思い、とっくに出来上がっていたココアを持って自分の席を目指す。ココアに向かっていた体を振り向かせるとボックス席の同世代が一瞬視界に入る。それぞれがそれぞれの両手で、ロイヤルホストの取っ手付きのコップを、約束のように大切に温めている。僕も握っている同じ陶器のコップは彼らの両手のためになめらかだった。

ロイヤルのオニオングラタンスープ
ケールサラダ(ピーナッツ抜き)

【次回更新は4月19日(土)】

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鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

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鈴木ジェロニモの「耳の音」
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「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生
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