吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第8回は旭川明成高等学校(北海道)#3
ふたりの副部長
旭川明成高校吹奏楽部のリーダーであるヒメは、金属アレルギーを発症してユーフォニアムが吹けなくなり、コンクールメンバーから外れてサポートに回ることになった。
そのことで責任感とプレッシャーを強く感じていたのが、ヒメと同じ3年生のふたりの副部長、「メイ」こと橋本明唯(めい)と「ウーちゃん」こと山内美侑(みゆう)だった。ふたりとも担当は打楽器だ。

メイとウーちゃんは1年生のころから中心メンバーではあったが、副部長に正式決定したのは3年生の6月になってからだった。副部長だけでなく、パートリーダーなどのリーダー職も4月から決まっていなかった。
顧問の佐藤淳先生はその理由をこう語った。
「部長以外のリーダー職を決めたら、そいつらだけが頑張るようになるだろ。みんなで作らなきゃ、部活は成立しねえぞ」
そのことでもっともショックを受けていたのはウーちゃんだった。ウーちゃんは部活ノートに率直な思いを綴った。

ウーちゃんは中富良野町から通っている。毎朝、ヒメと同じ早朝の電車に揺られて1時間以上かけて登校し、部活に励んできた。
高1のコンクールでは、コロナ感染で先輩たちやメイが欠場となる中、必死で打楽器パートを支えた。高2では初めてハープの演奏を担当することになったが、淳先生に才能を認められるほど急成長を遂げ、全道大会金賞受賞にも貢献した。
学年リーダーも務めていたし、高3ではきっと副部長としてみんなを引っ張っていくことになるのだろうと思っていた。ところが、「リーダー職は決めない」という先生の言葉で、当たり前に思い描いていた未来図が崩壊した。ウーちゃんは自分にリーダーの資格がないと認定されたような気がした。
いや、それだけでなく、人格や存在までが否定されたと感じるくらいの衝撃を受けたのだった。
ゼッタイ自分を好きになってやる
ウーちゃんは自ら部活ノートの中で内省した。なぜ私はこんなに落ち込んでいるんだろう?
やがてたどり着いたのは、姉の存在だった。勉強ができ、まわりに認められ、外見も良く、地域トップの進学校に通う姉。コンプレックスの源はそこにあった。
ウーちゃんは部活ノートに率直な思いを書き連ねた。

心に秘めてきたコンプレックスを文字にすることは苦しい。それを部活ノートという形で先生に提出することも、「見せて」とほかの部員に言われたら隠さず見せるというノートのシステムも、ウーちゃんにとってはさらに苦しいことだ。
けれど、包み隠さずに書いた。書いているうちに、自然と筆が希望を求めて進み始めた。
何もかっこ悪くない! 今までがんばった! できないんじゃない! それのびしろじゃん?! この思い忘れない。ゼッタイ自分を好きになってやる。負けない! 自分に勝つ!! 愛される人になる! 最高に気分がいい! 今!
後悔しない! 失う前に! 伝える! 自分顔晴(がんば)れ!
自分の良さを振り払う叫びのような言葉たちだった。
このウーちゃんのノートに対して、淳先生は自分自身も同じ悩みを抱えていたことを赤字で書き込んだ。
「自分は何なんだ?」と思ったことも合ったよ、実際。
でも、今は何とも思ってない。むしろ、自分と違うからお互いにいいと思ってるし、何もコンプレックスなんかない。
明成が今変わろうとしてる。
その1つが吹部の存在なんじゃないの?
その1人があなたなんじゃないの?
歴史を変えていくって楽しくない?
私はワクワクしてるよ。

その先生の言葉はウーちゃんの胸に刺さった。
自分だけじゃないんだ。全国大会で金賞を受賞したことがあるすごい先生だって、同じ思いを抱えていたんだ——。
思い返せば、確かに高1、高2と旭川明成高校は変わってきたと思う。副部長になれなかったことなんて、大したことではない。良い方向へ向かっていく大きな流れの中で、自分の存在だってちゃんと意味があるはずだ、自分だって時代を動かす力のひとつになれるはずだ——。
ずっと曇っていたウーちゃんの「顔」がようやく「晴れ」た。
ライバル校に教えられたこと
ウーちゃんとともに副部長になったメイは、中3のときに全日本吹奏楽コンクールに出場。銀賞を受賞した経歴を持つ。
「中学時代の良い思い出を最後に、吹奏楽は終わりにしよう」
高校入学時にはそう考えていたが、吹奏楽部の部活体験に参加すると「もう一度やってみたい」と気持ちが変わり、入部を決めた。
部活を続けていくうちに当初いた同期は減っていき、高3になるときには12人になっていた。2024年度はこの12人で62人の後輩たちを引っ張っていかなければならない。
それなのに、同期は最上級生という自覚が足りず、だらだら行動しているように見えた。淳先生が部長以外の役職を決めなかった理由がわかった気がした。
そんなある日、淳先生の前任校で、ライバルとしてリスペクトしている旭川商業高校吹奏楽部(旭商)の友人からメイに「打楽器の初心者の子にスネアドラムを教えてほしい」と依頼が来た。
先生に許可を得て旭川商業へ行ったメイは、衝撃を受けた。
ミーティングの点呼の小気味よさ、部員たちの声の明るさ、細かい部分まで考えられた行動、1分1秒を無駄にしない移動の速さ……。明成にはないものばかりだった。
メイは学校に戻ると、泣きながらホジャケ先輩に訴えた。
「旭商がすごすぎて……このままだと明成やばいです! ほかの同期にも旭商を見せたいです!」
メイの思いをホジャケ先輩や淳先生は受け入れ、2日後に明成の3年生は揃って旭川商業を見学させてもらうことになった。
全員がメイと同じように衝撃を受けた。自分たちには足りないものがたくさんあり、このままだと手遅れになる……。
部長の決断を背負って
旭商を見学に行った後、メイは決意を固めて先生にこう伝えた。
「私、明成の吹部を引っ張っていく副部長になりたいです!」
淳先生もそろそろ役職を決めるときが来たと感じていたところだった。そして、メイとウーちゃんは晴れて副部長に就任した。
ヒメの金属アレルギーが判明したのはその少し後だった。「コンクールメンバーにはならず、メンバーをサポートする側に回る」というヒメの決断は、ふたりに重く響いた。
メイは思った。
(私がヒメの立場だったら、メンバーになれないのはつらいし、受験もあるから部活をやめちゃうかも。すごい決断だな……)
メイは3年生12人がいる演奏が大好きだった。同期で明成の音楽を引っ張っている気がした。
(ヒメがいなくなると不安だけど、残る11人が頑張らなきゃ!)
ウーちゃんは、毎朝一緒に電車で通学するときのヒメの姿が目に浮かんできた。
(上富良野町から通って、朝練を頑張って、勉強もめっちゃしてたのに。なんでヒメなの? 私が代わってあげたい……)
きっと部員たちはもっと動揺しているはずだ。こんなときこそ、副部長になった自分たちがしっかりしなければいけない。
メイとウーちゃんは、ヒメのいない55人のコンクールメンバーを引っ張っていこうと覚悟を決めた。自分たちの演奏で、ヒメを全国大会に連れていくのだ!
地区大会は狭き門
今年の夏は、北海道も異常なほど暑かった。
明成は吹奏楽コンクールに向けて急ピッチで練習を進めていった。佐藤淳先生が着任した2年前よりも大きくレベルアップし、先生は密かに「今年は全国大会狙えるんじゃねえか?」と考えていた。
だが、今年はいきなり厳しい関門が待っていた。
全国大会に出るためには旭川地区大会、北海道大会(全道大会)を突破する必要があるが、昨年まで代表校が2枠あった旭川地区大会が参加団体数の減少で今年から1枠になってしまったのだ。淳先生の前任校で、全国大会に通算10回出場している名門の旭川商業高校も同じ地区にいる。
3年生が見学させてもらったり、演奏面でも学ぶところが多かったりと、旭商はライバルでありながらも尊敬の対象、そして、仲間という感覚だった。
練習を続けるコンクールメンバーを見ながら、ヒメは思った。
(旭商と一緒に全道大会に行きたいのに……。しんどいなぁ)
もしかしたら、明成のコンクールは地区大会で終わるかもしれない。ヒメも、メンバーたちも、危機感を強く持っていた。
地区大会当日。ヒメは舞台裏でメンバーに「リラックスしてね」と声をかけ、ステージに送り出した。演奏は舞台裏で聴いていたが、緊張からか小さなミスが目立った。
(大丈夫かな。地区大会、抜けられるかな……)
審査結果が発表された。旭川地区代表に選ばれたのは、
(はぁ、よかった!)
ヒメはホッと胸を撫でおろした。
ホールを出ると、外で集まって落ち込んでいる旭商の部員たちの姿が目に入った。泣いている者もいた。ヒメの胸がキュッと痛んだ。
(旭商の分まで頑張って、絶対に全国大会に行こう)
北海道では、全国大会への代表校が出た地区は、翌年の代表枠が1つ増えるという規定があるのだ。
(来年は、
ヒメは旭商の部員たちを目に焼き付け、その場を後にしたのだった。
<次回>【吹部ノート 第9回】旭川明成高等学校(北海道)#4 は10月24日更新予定
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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