吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第64回はノースアジア大学明桜高等学校(秋田県)#1

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ノースアジア大学明桜高等学校吹奏楽部(秋田県)
秋田県秋田市にある共学の私立高校。1953年創立。吹奏楽部は2014年から東北吹奏楽コンクールに連続出場。2023年に全日本吹奏楽コンクール初出場。2025年まで3年連続で全国大会出場を果たしている。2025年には日本テレビ「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」の密着取材が話題に。2026年度の部員数は122人。

《全日本吹奏楽コンクールまで、あと190日——》

 2026年度がスタートし、1カ月が経とうとする4月下旬。北国の秋田市にも春が訪れていた。

 日本中の吹奏楽部員が憧れ、「吹奏楽の甲子園」と称される全日本吹奏楽コンクールに2023年の初出場から3年連続で出場中のノースアジア大学明桜高校吹奏楽部の練習場も活気に溢れていた。新入部員を52人も迎え、全部員で122人という大所帯になった。

 

 もちろん、目標は今年も全国大会に出場し、初の金賞を受賞すること。しかし、「4年目」という年には難しさがある。

 これまでの明桜高校はチャレンジャーだった。だが、現在の部員たちは全国大会に出場している明桜高校しか知らない。ともすると、行くことが当たり前という空気が生まれかねない。

 顧問を務める石崎聖也先生は、よく周囲から「3年連続で全国に行って、今年はプレッシャーがかかりますね」と言われる。だが、先生自身はまったくプレッシャーを感じていなかった。

「連続出場していても、うまくいかない年だってあるだろう。4年目だからといって、特別に怖さは感じない。それよりも、意欲的な部員たちが増えてきてくれたおかげで、日々ワクワクすることのほうが多い」

 

 石崎先生が目標としているのは、コンクールで良い結果を出すことだけでなく、指揮者が変わると敏感に反応して音楽が変化するプロのオーケストラように、明桜高校を本質的に高度な演奏ができるバンドにすること。コンクールはバンドを成長させるための手段のひとつと言ってもいいものだった。

 全国大会につながる吹奏楽コンクールA部門(大編成)には55人という人数制限がある。122人から55人を選抜するためのオーディションは5月下旬。選抜方法は、石崎先生をはじめとする指導陣からは誰が演奏しているかわからない、いわゆる「カーテン審査」。3年生が落ち、1年生が合格するかもしれない実力主義のオーディションだ。

 このオーディションで何度も涙を流してきた部員がいる。

 高3でホルン担当の佐藤里胡(りこ)——今年度の部長だ。

佐藤里胡さん(3年生・ホルン)*写真右

負け続け、折れかけた心

 里胡は岩手県の北上市立上野中学校吹奏楽部の出身だ。中学時代は3年間全国大会(中学生の部)に出場し、すべて金賞だった。高校では「どうせなら強い学校に入って自分を高めたい」と考え、里胡が中3の年に全国大会に初出場した明桜高校への進学を決めた。

 地元を離れ、秋田で寮生活を始めることになったが、「家族や地元の友だちには会えなくなるけど、明桜で部活できるなんてワクワクする!」と希望に満ちあふれていた。

 

 高1の春、里胡は最初のオーディションに臨んだ。メンバーに選ばれる自信があった。明桜高校のオーディション結果は紙で貼り出される。結果を見た里胡は愕然とした。

(なんで……!? 絶対いけると思ってたのに!)

 里胡はメンバー外だった。頭が真っ白になり、言葉が出てこなかった。悔しかったのは自分が落ちたことだけではない。幼なじみで、上野中でもずっと一緒に活動してきたトランペットの磯千鶴が合格していたのだ。

 里胡は寮に帰ると親に電話をかけ、「メンバーになれなくてごめん!」と号泣した。

 入部早々に味わった最初の挫折だった。千鶴との関係にも微妙な壁ができてしまった。

 里胡はコンクールメンバー以外から成るBチームとして活動していくことになった。Bチームでは真島俊夫作曲《富士山〜北斎の版画に触発されて〜》を練習し、夏合宿の最終日にコンクールメンバーの前で披露することになっていた。《富士山》には中間部に重要なホルンソロがある。里胡はソリストを決めるオーディションに臨んだが、またしても選ばれなかった。

 里胡のモチベーションは地に落ちた。もともと表面上では明るく元気なキャラを演じていても、実は悲観的でネガティブな性格だったが、さらに拍車がかかった。
(入部したときはあんなに毎日が楽しかったのに……。学校も行きたくないし、部活も嫌だし、目標も見えない。私、何のために秋田にいるの? もう岩手に帰りたいよ……)

 明桜高校のコンクールメンバーは東北大会を突破し、2年連続で全国大会に出場した。「吹奏楽の甲子園」のステージで演奏する55人の姿を、里胡は客席から見つめた。

(いい演奏だな。でも……なんで私はあそこにいないんだろう?)

 涙が止まらなかった。

 全国大会の約1週間後には定期演奏会が控えていた。Bチームは《富士山》を演奏することになっており、改めてホルンのソリストをオーディションで決めた。選ばれたのは、里胡ではなく、同期で寮では同部屋の舛森奏世(そよ)だった。

(あぁ、だろうな〜。奏世、どんどんうまくなってたもんな〜)

 もはや里胡は悔しささえ感じなくなっていた。中学時代は栄光に満ちていたのに、明桜高校に入ってからは毎回落ち続け、負け続けて、感情が麻痺しつつあった。

 その日の練習後、石崎先生に呼び出された。

「里胡はみんなよりも経験値が高いんだ。きっといい奏者になれるから頑張れよ」

 先生の言葉を聞いていると、麻痺していたはずの感情が蘇り、涙が出てきた。親元を離れて寮生活を送る里胡は、先生を「第二のパパ」と慕っていた。そんな先生からの励ましが、心にしみた。

(やっぱり私は悔しいんだ! 変わんないとダメだ!)

 里胡は寮に帰ってからまたひとしきり泣き、スマホで先生にメッセージを送った。

「私は変わりたいです」と——。

初めて経験した全国大会「銅賞」

 しかし、高2になっても里胡の暗黒時代はまだ終わらなかった。

 4月にもう一度《富士山》を演奏する機会があったが、そのためのソロのオーディションでも合格できなかった。

 5月にはコンクールメンバーのオーディションがあった。今回はメンバー入りできる確固たる自信があったが、それ以上に目指していたものがあった。選考結果は点数の高い順にランキングされ、名前とともに公開される。里胡はただメンバー入りするだけでなく、ずっと負け続けた同部屋の奏世を順位で上回りたいと思っていたのだ。

 オーディションの結果、里胡は初めてメンバーに選ばれることができた。

(あ、また負けた……)

 里胡は号泣した。ついに念願のコンクールメンバー入りを果たしたのに、喜びよりも悔しさが上回った。いったい自分はどれだけ負け続けるのだろう。自分に絶望しかけた。

 そんな里胡を救ってくれたのは音楽だった。メンバーとして取り組む合奏練習が想像以上に楽しかった。それに、同じホルンパートの先輩が里胡の悩みをいつでも聞いてくれた。

 ところが、高校生になって初めて出場した全日本吹奏楽コンクールで、明桜高校は「銅賞」だった。全国大会で出場校に与えられるのは金・銀・銅しかない。中学時代に金賞しか経験していない里胡にとって、それは初めての出来事だった。

(銅賞ってこんな感じなんだ……。来年、私たちは絶対金賞をとらなきゃな)
 悔しさに涙する3年生たちの姿を目に焼きつけながら、里胡は思った。

 

 全国大会の翌日、部長を選ぶための選挙があった。里胡は立候補した。

「嫌というほど悔しい思いをしてきたし、嬉しいこともあった。この経験を武器にして、私が明桜を引っ張っていきたい!」

 立候補者は2人いたが、投票で里胡が選ばれた。すっきりと自分の願いが叶ったのは初めてだった。

 副部長には、幼なじみの千鶴が就任した。ふたりの関係は、高1で千鶴がメンバー入りしてからずっとギクシャクしていた。幹部として動き出しても、ちょっとしたことでぶつかることがあった。奏世からは「お互い思ってることを言ったほうがいいよ」と諭された。

 高2の終わりごろ、里胡は千鶴とついに本音で

「私は千鶴と一緒に全国大会の表彰式に登りたい!」

 そう言って里胡は泣いた。すると、千鶴は自らの気持ちをこう打ち明けた。

「1年のころからずっと気まずくて、里胡に心を開けないのが嫌だった。でも、里胡と一緒に全国で金賞をとりたい。一緒に表彰式に出よう」

 お互いの思いをぶつけ合ったことで、ふたりは以前よりも固い絆を取り戻した。里胡はずっと目の前を覆っていた暗い霧が晴れたような気持ちだった。

自分への「宣言」と「約束」

 里胡は高3になり、部長として東北が誇る強豪バンドの一角になった明桜高校を引っ張っている。すべてがうまくいっているわけではない。涙を見せることもある。

 だが、負け続けたことが里胡を成長させていた。

 石崎先生はこう考えながら里胡を見守っている。

「空回りもしているが、きっとこの子は最高の部長になるだろう」

 今年、明桜高校がコンクールで演奏する自由曲はオットリーノ・レスピーギ作曲《交響詩「ローマの祭り」より》に決まった。ホルンパートが重要な役割を担う曲だ。

 メンバー決めはこれからだが、里胡はこう意気込んでいる。

「私は全力で頑張るし、信頼する奏世やパートの仲間たちもいる。今年の明桜のホルンは日本一だ! 堂々とやってやるぞ!」

 高3になってから、自分で『夢ノート』と題したノートをつけ始めた。表紙をめくったところに大きく、太く、「愛を込めて全国金賞」と書いた。

 
全国大会で金賞を受賞するために部長として信頼され引っ張っていく存在になる。
オーディションで10位以内に入るために自分の弱さから逃げない。
 

 1ページ目にはそう書いた。それは誰に見せるためでもない、自分自身への「宣言」であり、「約束」だ。その先のページには理想の部活像を描き、何が必要なのかを探究した。

 里胡は思う。

「全国金賞はみんなの願いだし、目標でもある。でも、私はたとえどんな結果であっても、それを受け入れ、みんなが笑顔で終われるような最後の1年にしたい」

 数えきれないほど涙を流し、それでも立ち上がって前に進んできた里胡。その視線の先には122人と先生の笑顔がきらめく未来が見えている。

 

※冒頭の全国大会までの残り日数は取材日から換算したものです

<次回>【吹部ノート 第64回】ノースアジア大学明桜高等学校(秋田県)#2

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