結婚生活の中で積もり積もった不満や違和感。もう離婚しかないと思うほどの不仲やトラブル。
さまざまな夫婦の在り方があるからこそ、ふたりの間だけで解決できない悩みや問題を抱える人も少なくないでしょう。
夫婦カウンセラーとしてこれまで2000組以上の夫婦をサポートし、著書『夫は、妻は、わかってない。夫婦リカバリーの作法』でも注目を集める安東秀海先生が、読者の皆様から寄せられた夫婦関係のお悩みにお答えします。
今回は、妻から無視や除け者扱いをされるようになり、家に帰ることも辛いという男性からのご相談。夫婦の間の深い溝は、どうして生まれてしまったのでしょうか。
たかよしさん(仮名)からのご相談
現在59歳男性です。
多分もう、25年ほど前に私が起こした不倫が未だ根底にあると感じています。
現在は、35歳の実の娘夫婦と孫2人(小学2年と1年)、そして私の22才の長男(知的障害者)の7人家族で暮らしています。
娘夫婦と同居する前まではそんなに夫婦の溝のような事を感じなかったのですが、同居する頃から妻の様子が変わった気がしています。
自分達の敷地を使って娘夫婦の家を建て増しするのに、相談も無く事を進めるなど、例をあければきりが無い位です。全てにおいて私に何の相談も無く妻と娘夫婦だけで進めていく、まるで除け者扱いと感じてしまいます。
ある時、私が妻の体を求めると、いきなり「もうやめてよ、自分のしたい時だけ求めてきて、ただやりたいだけ、私の体を労ることなんか考えた事もないやろう」と言われてしまいました。
初めてそんな形で拒否された事に、相当なショックを受けました。
それから今までの7年間程は全く体の関係はありません。ベッドも並べた寝室でしたが、それからは別室で生活するようになってしまいました。
妻は、だいぶ以前から生活の事や知的障害を持つ息子のことなどを相談する年上の男性がおり、頻繁に電話したり陰で会ったりしていました。幾度となくその現場を目撃しました。
妻の車に2人で乗り親密に話し合っている。その現場を目撃するのが嫌で嫌でならなかったんですが、やはり自分の不貞行為が頭をよぎり、問いただす事が出来ませんでした。
夜遅くに1人で出掛たり長電話をしたり、県外へ泊まり旅行に行ったりなど、今までなかった事が次々と起こって、妻の行動を信じられなくなっていました。
話をすればきりがないのですが、家の中では顔を合わせれば、会話をしてもすぐに喧嘩。私の仕事の関係で同じ家の中に居るのに、何日も顔を合わせない日もあります。
顔を見ても無視され全くの他人状態です。妻からは「もうシェアハウスでいいんじゃない」とまで言われました。
こんな生活の雰囲気、時には家に帰るのが嫌で嫌でならないこともあります。私自身の存在は一体何なのか?と辛く思う事もいつもあります。ただ知的障害のある息子もいる為、家を出たり離婚を考えたり出来ない辛さもあり悩んでいます。
「夫婦の溝」の背景は? それぞれが見てきた景色を理解する
健全なコミュニケーションが成り立たない夫婦関係の辛さは、例えるなら「鈍い痛み」。少しずつ積み重なって日々の生活に重くのしかかってきます。
たかよしさんの日常は、まさにそんな時間の連続なのかもしれません。
話しかけても返事がなかったり、家族の大切な決め事を相談なく進められたり。一緒に暮らしながらまともに顔も見てもらえない日々では、まるで自分がそこに存在してないかのような感覚にさえなってしまうかもしれません。
そんな毎日の中では、家に帰るのが辛い、と感じるのも無理はありません。

でも、そのいっぽうで、明らかに夫を避け、遠ざけるかのような態度の奥様の姿を想像すると、その言動の背景にはいったいどんな景色が広がっているのだろう、と考えてしまいます。
本来なら頼りたいはずの夫に頼らず、つながらず。そこに至るまでの時間というのもまた、困難なものだったのではないでしょうか。
私たちは皆、それぞれのアングルからそれぞれの価値観や考え方を通して世界を見ています。同じ場面、同じ出来事を経験していても、必ずしも同じ景色を見ているとは限りません。
これは人生の大部分を共有してきた夫婦であっても同じです。
たかよしさんが今、夫婦の関係に良い変化をもたらしたい、と考えていらっしゃるなら、まずは今日ここに至るまでに彼女が見てきた世界を知り、理解を注ぐことが必要かもしれません。
25年前の不倫が問題の原因なのか?
いったい何が、この状況を作っているのでしょう?
夫婦の間に生じる問題を正しく理解するためには、夫側・妻側それぞれのアングルから見た景色を重ねて見直してみる必要があります。そのためには、自分が見ている景色だけでなく、相手がどんな景色を見ていたのか?に思いを寄せてみることが大切です。
奥様のお名前は相談に書かれていないのでわかりませんが、今回は仮に「あけみさん」とお呼びします。
「25年ほど前に私が起こした不倫が未だ根底にあると感じています」という一文から、たかよしさんがあけみさん側のアングルに立ってこの問題を理解しようとされた姿が伺えます。とても良いアプローチですし、勇気のある取り組みだと思います。
不倫をされた側の痛みが癒えるためには時間が必要ですし、感情には時間軸がありませんから、当時の辛い状況を思い出す度、まるで今日のことのように辛い感情が蘇って、夫婦関係に前向きになれない、というのは十分考えられることです。
ただ、ここでは一旦、そのことだけに囚われず、何がこの状況を作っているのか? 不倫は問題の『根底』にあるかもしれないけれど、今の夫婦関係を作っているピースが他にはないのか? という視点に立って考えてみたいと思います。
まず、時系列を整理する
浮気や不倫のように、明らかに問題と呼べるような出来事があればもちろんのこと、もしそういったものが見当たらない場合でも、夫婦関係がうまく機能しなくなるには必ず「原因」があります。そして、当然のことではありますが、「原因」は「問題」よりも先に存在します。
何が問題でこうなってしまったのかわからない、という時には、問題と感じる出来事や違和感を感じたトピックを時系列に並べていくと、少しずつ解像度が上がって見えていなかったピースが浮かび上がってくる場合があります。

まず、「夫婦間の溝」をたかよしさんが感じ始めたのが、娘さんご夫婦との同居後、ということでした。何年頃から同居が始まったのか記載はありませんが、同居後のある時、セックスを求めて断られて以降、7年間身体の関係がない、ということですから、少なくとも同居は7年より前ということになります。
お孫さんが小学2年生と1年生ということですから、娘さんの妊娠・出産をきっかけに同居がはじまった、と想像してみると、それは今からおおよそ8年から9年ほど前だったのかな、と仮定します。
- 現在(2023年)
- 夫婦間に「溝」を感じるようになった(2015年頃)
ここに、同居直後からたかよしさんを軽視するような態度があったこと、25年前の不倫、そして娘さん、息子さんの年齢を加味すると、
- 現在(2023年)
- 夫婦間に「溝」を感じるようになった(2015年頃)
- 軽視するような態度が始まった(2014年頃)
- 長男誕生(2001年)
- たかよしさんの不倫(1998年頃)
- 長女誕生(1988年)
となります。
相談相手になっている年上の男性に関しては、時期が不明なこと、また登場人物が増える程、考察する上で想像と推測の範囲が大きくなってしまうことからここでは外して考えることにします。
このように、各トピックを並べて見ると、不倫の時期(発覚した時期かもしれませんが)からそれほど期間をおかず、第二子が誕生しています。
もし、不倫の発覚と第二子の妊娠期間とが重なるなら、相当重大なダメージが夫婦関係に残ったであろうと思うのですが、不倫発覚後に妊娠・出産があったとしたら、場合によっては「不倫」はあけみさんの中では一旦、区切りがついていたのかもしれません。
当時のおふたりがどのように「不倫」と向き合われたのかはわかりませんが、2015年頃まで夫婦間の「溝」を、たかよしさんが感じていなかったことを考えれば、今の状況を作っている「原因」は、「軽視するような態度が始まった」2014年頃より少し前の時期にあった、と考えるのが妥当かもしれません。
私の体を労ることなんか……
2001年の第二子・長男誕生から、軽視するような態度が始まったと想定される2014年頃、この13年程の間に何があったのか? 掘り下げる上でヒントになるのが、寝室を分けるきっかけになったあの夜の発言です。
「自分のしたい時だけ求めてきて、私の体を労ることなんか考えた事もないやろう」
ここからは「大切にされていない、尊重されていない、関心を寄せられていない」という、メッセージが感じられます。特に「私の体を労ることなんか」には強いわだかまりを感じますが、この時期、あけみさんには何か心身の不調があったのでしょうか?

また、軽視するような態度が始まった時期と重なっていることからみて、「大切にされていない、尊重されていない、関心を寄せられていない」というのは、単にセックスに関してではなく、夫婦関係全般を通して、同様のわだかまりがあったということなのかもしれません。
わだかまりはどこから生まれたのか?
「わだかまり」というのは、不満を感じながらも飲み込むしか無かった気持ちや、大き過ぎて直視できなかった「感情」が消化されないまま澱のように心の中に滞ってしまったものです。
程度の差はあれ、誰でも我慢や不満を飲み込んでいるものですが、大きくなり過ぎた「わだかまり」は、過度のイライラや無感情を引き起こして、夫婦の関係を傷つける原因になることがあります。
繰り返すケンカやその度に表出する感情的な言動の背景には、そんな「未消化なまま大きく膨らんでしまったわだかまり」が潜んでいることが多いのではないでしょうか。
あけみさんの態度に変調が見られるようになった背景にも、そんな「大きく膨らんでしまったわだかまり」があるのだとしたら、それは何に起因しているのでしょう?
- 大切にされていない
- 尊重されていない
- 関心を寄せられていない
そんな風に感じてしまう何かが、2001年から2014年までの13年間にあったとしたら?
何か思い当たるところはあるでしょうか?
視点を変えて見直してみる
繰り返しになりますが、私たちは皆、それぞれのアングルで世界を見ています。
特に、辛いこと傷つくことがあると、どうしても自分が見ている世界がすべてのように感じてしまうものです。
でもそんな時には、一緒に歩いている相手が同じように傷ついたり、自分以上に辛い思いをしていたりすることに気づいてあげられません。
たかよしさんは今、言葉にならないほど辛い毎日を過ごされています。
でも、だからこそ、隣にいたはずのあけみさんがどんな思いで離れていったのか? どんな痛みを抱えていたのか? 彼女の視点に立って考えてみることができれば、夫婦関係を修復するための鍵を見つけることができるかもしれません。
夫婦の年表を作る
それぞれの視点から見た夫婦の景色を重ねた年表を作りたいと思います。
たかよしさんが歩いてきた道の隣で、妻であるあけみさんはどんな思いを感じていたのか、理解を注ぐことを目的としたワークです。
現在の夫婦関係を考えれば、ハードな取り組みのように感じられるかも知れませんが、あけみさんの痛みを理解することは、たかよしさん自身の痛みを和らげることにも役立つはずです。

紙かノートを用意して、準備が整ったら始めましょう。
ノートなら見開きで、紙なら縦半分に折り目をつけて左右のスペースを分け、たかよしさんとあけみさんのそれぞれの歩みを書き込みます。前述で整理をした時系列を念頭に、問題と感じている事、そこにある感情を書き出してみましょう。
加えて、問題やネガティブに感じることだけでなく、ポジティブな出来事も記入するようにします。
年表を作る上で大切なのは、正確さに囚われないこと、そして視点を変えて見つめる意識と理解をしようとする姿勢です。

夫婦の年表にひと通り書き込みが終わったら、出来上がった年表を年代の古い順に見直してみます。
そこにはきっと、おふたりの幸せな記憶、辛い記憶が記されているはずです。
家族のために、たかよしさんが注いできた努力の跡もあるはずです。
辛い現実の前に立つと、これまで取り組んできた努力が無意味だったかのように感じてしまうこともあるかもしれませんが、ここではまず、努力をしてきた自分を肯定します。
「よくやったな、頑張ってたな。」
という感じです。
そうして少し、自分を認めてあげられる感覚ができたら次は、隣にいるあけみさんの年表を同じように見直します。
そこにあるのは、彼女のどんな姿でしょうか?
ここでは妻を理解することが目的ですから、批判的にならないよう気をつけておきたいところです。でもそれ以上に大切なのは、自分自身の罪悪感に囚われないこと。
時に、いま自分が置かれている状況は25年前の不倫への罰であるかのように感じることはないでしょうか?
確かにそれはわだかまりのひとつとして、この問題の根底に潜んでいるのかもしれませんが、罪悪感にばかり囚われてしまうと、この問題の本質的な原因がどこにあるのか見えなくなってしまいます。
まずは妻であるあけみさんを理解することに全力を注ぎましょう。
次のステップは、その先にあります。
今回のご相談は前半後半の二部構成でお答えします。
次回後半は、カウンセラーの見立てと修復に向けた次のステップについて回答します。
【第2回 後半は11月27日(月)更新予定】
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