吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第69回は東海大学付属大阪仰星高等学校(大阪府)#1

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東海大学付属大阪仰星高等学校吹奏楽部(大阪府)
大阪府枚方市にある共学の私立高校。中等部も併設されている。1983年創立。ラグビー部やサッカー部、野球部など運動部の強豪校として知られる。吹奏楽部は2019年に全日本吹奏楽コンクールに初出場し、2025年まで6大会連続出場中。2025年は初の金賞に輝いた。2021年には全日本マーチングコンテストに初出場。2026年度の部員数は過去最多の153人(中学生6人含む)。

《全日本吹奏楽コンクールまで、あと129日——》

 梅雨まっただ中の6月下旬。吹奏楽部員たちが集まった東海大学付属大阪仰星(ぎょうせい)高校の講堂は張り詰めた空気に包まれていた。

 10日間にわたっておこなわれた、コンクールメンバー55人を選抜するオーディションの結果が発表されようとしていたのだ。

 中でも、もっとも緊張していたのが高3の八田菜愛(やつだなお)。担当はテナーサックスだ。

(お願い、今年こそ——!)と菜愛は拳をぎゅっと握りしめた。

 菜愛は昨年10月から部長を務めていた。だが、まだ一度もコンクールメンバーに選ばれたことがなかった。悔しさに唇を噛んだ2年間の思い出が頭をよぎる。

八田菜愛さん(3年生・テナーサックス)

 顧問の藤本佳宏先生がパートごとにメンバーを読み上げていった。

「テナーサックス、江口季(とき)。それから——八田菜愛」

 思わずハッと息を吸い込んだ。ついに……ついにメンバーに入れたのだ!

 だが、次の瞬間にはもう菜愛は別のものを見ていた。選ばれずに涙している部員たち。そこに去年までの自分自身が重なった。

(あの子たちのためにも、絶対やったる!)

 菜愛は選ばれなかった者たちの気持ちが痛いほどわかった。

 昨年、東海大仰星は全日本吹奏楽コンクールで悲願の金賞を初受賞した。だが、そのステージに菜愛はいなかったのだ——。

顧問・藤本佳宏先生

涙のオーディション

 菜愛は奈良県香芝(かしば)市で生まれ育った。小4で小学校の金管バンドに入ってトロンボーンを吹き、中学校からは吹奏楽部でサックス担当になった。中3のときには部長も務めた。

 中学時代、憧れていた全日本吹奏楽コンクールには手が届かなかった。中3のときには関西大会銀賞という悔しさも味わった。

「コンクールで全国大会金賞とってやるんや!」

 そんな意気込みで強豪校を目指した。いくつかの学校の演奏を聴きにいったが、音の華やかさや技術の確かさなどでもっとも魅力的に感じたのが東海大仰星だった。1つ上の寺内杏那(あんな)先輩が東海大仰星に進んだことで、自分にも道が開かれたと感じた。

 菜愛は東海大仰星に入学して吹奏楽部の門をたたき、意気揚々と活動を始めた。

 奈良からの通学時間は1時間半以上。それでも、全国大会金賞という目標のためなら、誰よりも早く登校して練習を始め、誰よりも遅くまで残って練習を続けるのも苦にならなかった。

 自分には実力があるという自信があった。ところが、東海大仰星では先輩はもちろん、同期も超ハイレベル。菜愛は力の差を思い知らされた。

 

 入部して初めてのオーディション。ひとりずつ音楽室に入っていき、藤本先生とコーチの前でエチュード、スケール、当日指定された課題曲・自由曲の一部を演奏する。

 菜愛は手が汗でびっしょりになり、全身が緊張で震えた。それが音にも出てしまった。終わった後、「もう一度やり直したい!」と泣き崩れた。

 その後、講堂で読み上げられたメンバーの中に菜愛の名前はなかった。

 コンクールシーズン、菜愛はメンバー外の通称「トゥッティメンバー」として過ごすことになった。地道な練習を続ける間、講堂の中から響いてくるコンクールメンバーの合奏を耳にするたび、悔しさが募った。

 10月、全日本吹奏楽コンクールに出場することになったメンバーに、菜愛は打楽器運搬係として同行した。本番のときは舞台袖にいて、反響板の隙間から演奏を覗(のぞ)いた。キラキラ輝く「吹奏楽の甲子園」のステージ。そこには同期も混じっていた。

(私も……あの場所にいたかった……!)

 菜愛は涙が止まらず、まともに演奏を聴くことができなかった。

 

学生カバンに詰め込まれた「部長ノート」

 高2のオーディションでも、菜愛はメンバー入りを逃した。一方、トゥッティメンバーのリーダーに選ばれた。そのことが菜愛の気持ちを少し変えた。

「私がトゥッティメンバーに姿勢を見せないと……。悔しいけど、今年は誰よりもコンクールメンバーを応援してやる!」

 トゥッティメンバーの中には、高1のころの自分のように落ち込んでいたり、方向を見失いかけていたりする者もいた。菜愛はトゥッティメンバーにこう語りかけた。

「コンクールメンバーが掲げている全国金賞という目標は、仰星全体の目標でもあります。私たちみんなの目標が達成されるよう、応援していきましょう」

 この年、コンクールメンバーは菜愛たちの後押しを受け、全国大会で創部初の金賞に輝いた。

 表彰式のとき客席にいた菜愛は、寺内先輩が笑顔で金賞の表彰状を受け取る姿に拍手した。寺内先輩は東海大仰星の部長になっていたのだ。菜愛は喜びながら、不安も覚えていた。

(私は来年、あっこに乗れているんかな……)

 実は、全国大会の少し前、部員の投票で菜愛は次期部長に選ばれていたのだ。

「部長は——八田菜愛」

 自分の名前が呼ばれた瞬間のことを思い出すと震えが出てくる。まさか自分がという驚きで頭が真っ白になった。

 先代の寺内先輩は楽器が上手で、リーダーシップもあった。自分にはそれが足りない。2年間コンクールメンバーにもなれなかった。そんな自分が強豪バンドの部長になってもいいのだろうか。みんなは信頼し、ついてきてくれるだろうか。

(じゃあ、私に何ができるんやろ?)と菜愛は考えた。

 人の気持ちは誰よりも理解できる。悔しい経験、しんどい経験は数え切れないほどしてきた。特に、高2の1年間はどうやって頑張っていったらいいかわからなくなるときもあった。しかし、「私はトゥッティのリーダーやから、前に進まないと!」と踏ん張ってきた。

 リーダーをやりきった自信が、部長になる覚悟を後押ししてくれた。

「菜愛ちゃん、ちょっとこっちおいで」

 部長に選ばれたあと、寺内先輩に声をかけられた。

寺内杏那さん *写真左

 連れていかれたのは、講堂の隣にある楽器倉庫だった。先輩は棚のいちばん下から古い学生カバンを引っ張り出した。昔の映画やドラマで見るような革製のカバンだ。顧問の藤本先生は卒業生でもあるが、先生よりさらに上の世代のカバンらしい。

 その中には歴代の部長たちが綴り、残していった「部長ノート」がぎっしり詰め込まれていた。寺内先輩が書いた関西大会前のノートもあり、表紙には大きく「決意表明」と記されていた。

 

「きっと参考になると思うから、読んでみてね」と先輩は言った。「みんなは菜愛ちゃんを信じて選んでくれたんだから、菜愛ちゃん自身も自分を信じて大丈夫だよ」

 菜愛はカバンの中の部長ノートをすべて読んだ。歴代の部長たちがいまの自分と同じ年のころに書いた言葉はストレートに心に響いた。同じ悩みや苦しみを抱えながら進んでいった先輩たちのリアルな姿がそこにあった。まるでタイムカプセルだ。

 菜愛は改めて全国大会の表彰式のステージと、そこにいる寺内先輩を見つめながら思った。

(部長としてやっていこう。そして、来年は絶対あっこに乗ろう!)

 静かな決意が固まった瞬間だった。

※冒頭の全国大会までの残り日数は取材日から換算したものです

<次回>【吹部ノート 第74回】東海大学付属大阪仰星高等学校(大阪府)#2

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全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

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