演劇、映画、本、音楽——さまざまなエンタメについて、芸人・鈴木ジェロニモがただひたすらに感想を語る。考察・分析は一切無し、実際に作品に触れて浮かんだままの言葉を書く。自由で不可解、でもなんとなく頷いてしまう、そんな「コンテンツ語り」をお届けします。 第1回(無料)を読む
今回は、4KデジタルリマスターIMAXで再上映された映画『魔女の宅急便』について。
『千と千尋の神隠し』が人生で一番好きな映画だ。初めて観たのは子供の頃、小学生だったろうか。怖いなあ、音楽が壮大だなあ、いい感じになったっぽい、ふあー、くらいを思った。カオナシというキャラクターが最初もじもじくねくねしていたのに、急にでかくなったり大暴れしたりして、おまえ何なんだよびっくりさせんなよ、といやな方向で印象深かった。だからすぐに一番好きな映画だということはならず、体験としてなんかすごかったよねというものの一つだった。
大人になって、正確に言えば2020年、26歳のときに映画館で「千と千尋」が再上映。なんか良さそうと思って観に行った。映像や音響の刺激に慣れたり作品を一度観たことがあったりしたおかげか、それほど怖かったりびっくりしたりせずに観られる。そしてこれが、とんでもなくすごかった。
千尋の、あの目。千尋はわけが分からない中で、自分の感情や身体の動きだけが確かだと信じていく。自分にとことん真剣に向き合った結果、千として働いていた千尋はもう一度「千尋」という名前を取り戻す。与えられたものでなく自ら獲得した千尋という名前で、千尋は千尋を生きていく。名前とは、命とは、与えられたものであると同時に自ら主体的に獲得するものでもあるのだ。新しい視点を提示されたというより、まじそれだよな、と励まされた気持ちになる。壮大なオーケストラと静かなエンディングに私の心臓は共鳴した。
だからジブリの再上映は気にしていて、今回は『魔女の宅急便』を観に行く。池袋のグランドシネマサンシャイン。...