吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第71回は出雲北陵高等学校(島根県)#3
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出雲の「おてんば」と「聖母」はニコイチ
出雲北陵高校吹奏楽部の顧問・原田実先生は、今年の自由曲としてクロード・トーマス・スミス《フェスティバル・バリエーション》を選んだ。この曲の核となる楽器がホルンだ。曲の冒頭では勇壮なファンファーレを奏で、中盤ではソロもある。
そんなホルンパートを引っ張っているのは、高3の米田舞衣と岩成那佳(いわなりともか)のふたり。舞衣が1st(ファースト)、那佳が3rd(サード)を担当している。1stと3rdは高音域を担当する「上吹(うえふ)き」だ。
同期で同じパートを担当していると、とかくライバル関係になりがちだが、舞衣と那佳は違う。互いを「まいさん」「ともちゃん」と呼び合い、部活で顔を合わせているのに毎日電話やLINEをするほどの仲良し。何かがあったら包み隠さず報告し合い、決してケンカにはならない。ご飯も一緒に食べる。
あまりにも仲がいいため、ホルンの演奏中に音を外してしまうときも一緒。外して出た音も同じ。口から出る言葉もよくハモる。
「米田と岩成は“ニコイチ”だ」と顧問の竹内康貴先生も言っている。
しかし、ふたりはキャラも違えば、歩んできた吹奏楽人生もまったく違う。
舞衣はポジティブで明るい「おてんば」タイプだ。
小4で出雲市立今市小学校吹奏楽部に入り、翌年には全日本小学生バンドフェスティバル(全国大会)に出場。中学は名門の出雲市立第一中学校で、全日本吹奏楽コンクールに3年出場した。だが、3年とも銅賞という悔しさも味わった。
高校では吹奏楽を続けないつもりだった。出雲北陵に入学した後、竹内先生から誘われて、見学のつもりで吹奏楽部の練習場である黎明ホールへ足を運んでみた。すると、なぜか自己紹介をさせられ、先輩から楽譜を手渡された。
「明日からよろしくね!」と先輩に言われ、「私、入部すると思われてるんだ……」と気づいた。しかし、断ることもできず、そのままなりゆきで入ってしまった。
5月にはさっそく定期演奏会があった。さまざまな曲目を演奏する中で舞衣は思った。
「ホルンってこんな楽しくて奥深い楽器だったんだ! もっとうまくなりたい!」
舞衣が本格的にホルンにハマった瞬間だった。
一方、那佳は「北陵の聖母」と称され、みんなに頼りにされるしっかり者だ。
舞衣と同じ小4のとき、出雲市内の小学校の金管バンド部に入ったが、当時はユーフォニアム担当。部はコンクールにも出ていなかった。
中学で吹奏楽部に入り、クラリネットを希望したものの、割り当てられたのは第5希望のホルンだった。正直、やりたくない楽器だった。コンクールでは島根県大会金賞止まり。全国大会は遠い夢だった。だが、中3になってホルンの楽しさに目覚めた。
「高校でも吹部を続けたい。まじで全国を目指したい!」
那佳は、定期演奏会を見て憧れを抱いていた出雲北陵に飛び込んだ。
そして、舞衣と那佳は出会ったのだった。
全国に挑んだ「上吹きコンビ」
ふたりは高1のコンクールでいきなりメンバーに選ばれた。最初は上吹きではなかったが、パート内の事情で舞衣が1st、那佳が3rdを担当することになった。ふたりの「上吹きコンビ」はここから始まったのだ。
「私が1stって、どういう状況!?」...
