吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第67回はノースアジア大学明桜高等学校(秋田県)#4
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芸術的センスあふれるホルンのエースが目指す世界
駆け抜ける新幹線の車窓には都市の景観が広がる。秋田駅を出発してからしばらく続いていたのどかな田園風景とは大違いだ。
(いまごろ、みんな練習してるかな。パートは大丈夫かな……)
ノースアジア大学明桜高校吹奏楽部の3年生、池島(いけじま)春絵は新幹線のシートに腰かけ、車窓を眺めながら学校にいる部員たちに思いを馳せる。
春絵は月に1回、週末に片道4時間かけて秋田から東京へ通っている。音楽系大学の最高峰、東京藝術大学音楽学部への進学を目指してホルンの個人レッスンを受けるためだ。
みんなが部活をしているとき、自分は受験のために休みをもらっている。その分、東京でたくさん学んでこよう、と春絵は思う。
もともと勉強も好きで天文学に興味があり、高校は進学校に入ることも考えていた。また、美術への関心も強く、絵を描くのも得意で、美大に行きたいとも思っていた。
知的で芸術的センスもある春絵だが、その心の核にあったのは音楽への思いだった。
「もし高校までで音楽をやめてしまったら、突き詰めた先にある世界を見ないで終わっちゃうかもしれない……。その世界を見てみたいな」
春絵は明桜高校を選び、東京藝大を志望校に決めた。
東京で受けるレッスンはわずか1時間だけ。それでも、春絵はできるだけ多くを吸収しようと、プロのオーケストラのコンサートを見たり、美術館を回ったりする。特に好きな絵はモネやルノワールなどの印象派だ。
春絵はレッスンで習ったことや東京で見聞きしたことを、心のキャンバスにしっかりと描きつける。東京に行くたびにでき上がる「感性と芸術の絵画」は、春絵の成長そのものだった。そして、また新幹線に乗り、4時間かけてみんなが待つ秋田へと帰っていくのだ。
高2で知ったコンクールの厳しさ
春絵が生まれ育ったのは秋田県北部の大館市。明桜高校がある秋田市までは遠くて通うことができないため、入学を機に大館に父を残し、母とふたりで秋田市に引っ越してきた。
小4で金管バンドに入り、中学から吹奏楽部に所属した。中学時代はコンクールA部門で東北大会まで進出したが、全国大会の経験はなかった。
明桜高校に入ると、ホルン奏者として頭角を現し、高1からコンクールメンバーに抜擢。夢の全日本吹奏楽コンクールに出場した。
「あのときは、よくわからないままメンバーになり、全国大会で自分が演奏していても実感が湧かなかったな。でも、とにかくみんなで音楽をつくり上げるのが楽しかった」
春絵はそう振り返る。ただ、当時はまだ先輩たちと自分との実力差を感じていた。 ...
