吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第69回は出雲北陵高等学校(島根県)#1

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出雲北陵高等学校吹奏楽部(島根県)
島根県出雲市にある共学の私立高校。1909年に今市裁縫女学校として設立され、1983年より現校名に改称、男女共学となる。吹奏楽部は1991年創部。初代顧問は出雲の吹奏楽のレジェンド・片寄哲夫先生。2025年度までに全国大会の出場回数は、全日本吹奏楽コンクール17回(金賞2回)、全日本マーチングコンテスト13回、全日本アンサンブルコンテスト4回。2026年度の部員数は82人。
 

《全日本吹奏楽コンクールまで、あと161日——》

「やっぱり出雲は湿気がすごいな」

 5月下旬、いつものように朝練に行くために黎明(れいめい)寮を出た本田友華(ともか)は思った。

 朝の6時半。振り返ると、学校の敷地の向こうに見える出雲北山からはもくもくと雲が湧き上がってきている。まさに「出雲」という地名のとおりだ。

 神話の地、出雲。学校からそう遠くないところには有名な出雲大社もある。

 友華が生まれ育った広島県広島市を離れ、出雲北陵高校に入学して2年以上が経つ。

 からっとした天気が多い瀬戸内海側に比べてここは湿度が高く、強い風が吹くことが多い。最初は気候の違いに戸惑ったが、いまはすっかり慣れてしまった。

 

 出雲市は、全日本吹奏楽コンクール・中学生の部で最多出場記録を持つ出雲市立第一中学校をはじめ、市内に多くの強豪バンドがある吹奏楽王国でもある。

 友華は小3から吹奏楽部に入り、中学時代は1年生と2年生のときに全日本マーチングコンテストにも出場した。「高校では座奏もマーチングも、両方やりたい」という思いで、地元の進学校を勧める親の反対を押し切り、広島から出雲へやってきた。

 実際、コンクールに向けた練習とマーチングの練習を両立するのは大変だ。限られた練習時間をどちらにも振り向けなければいけないし、体力も必要になる。どちらも同じ奏法で吹くというわけにもいかない。

 高3になった今年、友華は出雲北陵の部長、そして、マーチングの指揮者であるドラムメジャーも務めていた。楽器の練習に加えて部活の運営の仕事、ドラムメジャーの演技の練習もしなければならない。やることが多すぎて目が回りそうだった。

本田友華さん(3年生・アルトサックス)*写真中央

 5月下旬のこの時期には、地元ショッピングモールでの本番が予定されていた。また、出雲地区の吹奏楽祭も近づいている。いずれも披露するのはマーチングだ。

 

 数日前、2つの本番に向け、校外の体育館を借りてマーチングの練習をした。その帰り道にも出雲の山に雲がかかっているのが見えた。友華は同期の部員にこう言った。

「神秘的だね。神様が降りてきそう……」

 

 本当に、自分たちのもとに神様が降りてきてほしい。そして、願いを叶えてほしい。

 入部したころの目標は、中学時代に達成できなかったコンクールとマーチングのW全国大会出場だった。高1、高2でそれを達成したいま、友華の目標は「W全国大会ゴールド金賞」にアップデートされている。

(どうか高校生活最後の今年、目標が叶えられますように——)

 その日の朝も、雲が湧き立つ出雲北山を見ながら、友華はそう願った。そして、足早に朝練へと向かったのだった。

もう後悔は絶対したくない!

 いま、友華はセルマーのアルトサックスを吹いている。小4のときに親に買ってもらったものだが、まだ新品のようにピカピカだ。実は、それには理由があった。

 小学校の吹奏楽部では学校の楽器を吹くことになっており、せっかく買ってもらった楽器を使う機会がなかった。中学では、マーチングで大切な楽器をぶつけてしまうといけないからと、やはり学校の楽器を使っていた。

「高校では、やっとセルマーを使えるぞ!」

 そう意気込んで出雲まで楽器を持ってきたが、同期にアルトの経験者が4人もいた。一方、バリトンサックスは奏者がいなかった。そこで、顧問の竹内康貴先生に「バリサクをやってくれんか?」と頼まれたのだ。

(自分がやるしかないよね……)

 友華はセルマーを楽器庫にしまい、代わりに大きな楽器ケースを引っ張り出して、初めてバリトンサックスと対面した。持ってみると信じられないくらい重い。マウスピースやリードのサイズも、アルトとは比較にならないほど大きい。

(これでやっていくんだ……)

 正直言うと気が重かった。ところが、広島の県立高校に進んだチューバ担当の親友から、「部内の事情でバリサクを吹くことになった」と連絡があったのだ。偶然だが、親友と同じ境遇で同じ楽器を吹くことになったのが友華には嬉しかった。

(あの子と一緒に頑張ろう!)と、ようやく前向きに考えられた。

 友華はバリトンサックス奏者として、高1から全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテストに出場してきた。

 その間も、楽器庫で眠っているセルマーを忘れたことはなかった。

 高2の全日本マーチングコンテストが終わり、吹奏楽部が代替わりするとき、友華はついに竹内先生に頼み込んだ。

「アルトに戻らせてください!」

 いましかないと思ったのだ。すると、先生は快く友華の希望を認めてくれた。

(やった! 最後のコンクールはアルトで出られるんだ!)

 友華は大喜びで楽器庫からセルマーのアルトサックスを引っ張り出した。7年以上を経てついに封印を解かれた楽器は、真新しい金色の輝きで友華を待っていてくれた。

 

 しかし、そんな喜びもつかの間、同じ日に衝撃が友華を襲った。ミーティングで2026年度の部活を引っ張っていく幹部や役職が発表され、友華は部長、そして、ドラムメジャーというふたつの要職に選ばれたのだ。

「部長は——本田友華さん」と発表された瞬間は絶句した。

 ミーティングが終わった後は、コンクールで指揮をする顧問・原田実先生の基礎合奏練習だったが、友華は念願のアルトを吹きながら、いまにも泣き出しそうだった。

(出雲北陵という強豪校の部長が自分でいいのかな……)

 友華は不安でたまらなかった。なぜなら、中学時代のトラウマがあったからだ。

 友華は中3でも部長だった。だが、友華は優しい性格ゆえに、当時から部員たちに向かってはっきりと注意したり、悪いところを指摘したりすることが苦手だった。そして、中1、中2と出場していた全日本マーチングコンテストに中3で出られなかったことも「自分がリーダーとしてしっかりしていなかったからではないか」と気に病んでいたのだ。

 その日、友華は寮に帰ると、しまってあった中学時代の「部活ノート」を引っ張り出した。毎週顧問の先生に提出していたものだ。そこにはこんなことが書いてあった。

私の部長としての反省点は(中略)ダメなことはダメと強く言えなかったことだと思います。道徳の授業でたくさん学んだ、「本当の優しさ」が活かされていないなと思いました。高校に入っても吹奏楽部に入るし、大人になってもずっと、他の人がいけないことをしていたり、しようとしていたら、「本当の優しさ」(中略)を思い出して行動するようにします。
 

(中学ではこう思っていたのに、自分はまだ変われてなかったんだな……。でも、もう後悔は絶対したくない! 腹をくくってやるしかない!)

 友華はノートをパタンと閉じた。その目には、強い光が宿っていた——。

 

※冒頭の全国大会までの残り日数は取材日から換算したものです

<次回>【吹部ノート 第70回】出雲北陵高等学校(島根県)#2

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