街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。連載の詳細はこちら

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鈴木ジェロニモの耳の音#55「バニラと抹茶」

 

 ライブ後の楽屋でしみじみ帰り支度をしていると先輩の永田敬介さんが「サーティワン行く?」と誘ってくださる。いいんですかあ、と興奮気味に答える。

 新宿の地下街「サブナード」にあるサーティワンアイスクリームは行列を見越して店の入り口から細かく区画整理がなされていて、何にしようか決めかねる思考の煩雑さを削ぐように私が一列に収納される。永田さん、もう決まってますか。「うん、俺はバニラと抹茶」。なんて短くてかっこいい。サーティワンのフレーバー2種類組み合わせ史上最も短い名前だと思う。バニラと抹茶。目の前で注文する永田さんのソリッドさに慄きながら、私は私らしくと思い、マンダリンオレンジチーズケーキとコットンフルーツギャラクシー。それはそれでいいじゃないかという表情で永田さんがご馳走してくださり、ありがとうございます、と席を探す。

 店内は2人掛けテーブルが8つとカウンターが4席ほどでそれほど広くはない。奥のテーブルが空いていて目星をつける。隣におそらく女子高生3人組が座っているが、できる限り何の感情も抱かせないように気をつけながら脇をすり抜け、着席。一安心して永田さんとそれぞれのアイスを食べ始める。

 2人ともおおよそ食べ終わりまあそろそろ、といったタイミングで隣の女子高生グループが退席。視界の隅でああ帰ったなあと何となく把握していると、永田さんが「あれ、それ大丈夫かな」と私の隣を指差す。何ですか、と見るとさっきまで女子高生たちが座っていた椅子の背もたれにナップザックが掛かっている。おそらく彼女たちの忘れ物だろう。

 あっ、と思い見ると彼女たちは忘れ物に気づかないままサーティワンを出て歩き始めている。永田さんから見ると斜め奥に位置したその椅子は私からすれば真隣で、ここからは私の役目だと閃く。届けなきゃ。席から大きめの声をかけるよりは渡しに行った方が適切だろう距離にいる彼女たち目掛けて、ナップザックを持った私が気持ちの上では走り出す。実際は区画整理のためのロープを高校の体育以来のはさみ跳びで低く跨ぎ、痩せたい散歩のようなスピードで地下街に這い出ていく。

 数メートル先のガチャガチャショップに彼女たちが入っていくのが見える。3人が、ガチャガチャの大きな機体を囲むように、1人と2人に分かれて店内へ。1人と2人。1人のほうに行ったら何というか、あぶないかもだから、2人のほうに渡そう、と直感的に思う。私は表情に乏しい巨体の30代男性だという自覚がある。話しかけられたら普通に怖いだろ、と分かる。これから彼女たちの誰かが私と対面しなければならない。彼女たちにとって避けられないアクシデントなのであれば、そちら側は2人でいてもらって、何コイツ、と2人の間でクッションしてくれたら、幸せの天秤が忘れ物に気づかなかった未来と今とでぎりぎり今に傾いてくれるのではないか。

 判断した自分を信じて前へ前へ。よし、あとは声をかけるだけという距離まで来て、あれっ、と思う。私は彼女たちに、なんて声をかけたらいいんだろう。あのー、すいません、こんにちは、もしもし。明らかな没案を含めいろんな言葉が頭を駆け巡る。定まらないが仕方ない。店員さんを呼んでから注文を決めるボックス席の客のように、えいやっと自分の声に懸けてみる。

 あっ、サーティワンの。さっきサーティワンにいた——

 言葉というよりは何かもごもご言ってんなという異変に気づいて振り返ってくれる。完璧ではないがOK、と小さく安堵してナップザックを差し出す。私ではなくナップザックを見てください、私は偶然言葉を話す、ナップザックの台です。そういう気持ちでナップザックをぐぐっと前方へ。あのこれ、忘れてないですか。

「わあ、うちのや。すみません、ありがとうございます」

 関西風のイントネーションに一瞬驚きつつ、渡し方の分からないナップザックを花束みたいに両手に乗せてそっと手渡す。またしても何て言おうか考えていなかった私はジャスジャスジャスジャスと言いながら8回くらい高速で会釈をして足早に立ち去る。まあまあまあ、良かったのではないか。

「渡せた?ああ、よかった」。サーティワンに戻ると永田さんが待っていてくれて、私たちもそろそろ、と帰り支度をする。はちゃめちゃな一瞬を1人で抱え切れなくなり、私は永田さんにぼそっと話す。

 たぶん関西弁だったんですよね。「え、そうなんだ」。修学旅行で来てたっていう可能性と。「うん、はいはいはい」。関西弁で喋るっていう、そういう友達同士のノリだった可能性が。「そうだよね、うん、そうだよね」。永田さんが食い気味に同意してくださる。私にとって私たちは、とても優しい2人だった。

▼以下、写真2枚+キャプション▼

コットンフルーツギャラクシーが上だろうとイメージして待っているとちゃんとコットンフルーツギャラクシーが上で来て、何らかの気持ちが満たされた。重ねる順番に法則があるのか不思議がっていると永田さんが「注文した順番に重ねているんじゃない?」と推理していて、完全にそうですねと同意した。
32歳の誕生日にハンバーグを注文した。目玉焼きが隠そうとしたハンバーグを私は目ざとく見つけることができる。

【次回更新は2026年5月9日(土)正午予定】

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

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