小説を書きたい。そう思いながらも、どこから始めればいいのかわからない。書いてはみたものの、途中で書き進められなくなってしまった——そんな悩みを抱えた方に最初に手にしてほしい『1冊目に読みたい小説の書き方の教科書』が好評発売中。

 小説家が無意識にやっているテクニックを言語化して、書き方の基本が学べるように構成されている本書ですが、プロの小説家が読んだときにはどのように感じるのか。今回は、『行動心理捜査官・楯岡絵麻』シリーズで知られ、ミステリー作品を中心に活躍する佐藤青南さんに本書の魅力を語っていただいた。

役に立つ指南書と役に立たない指南書

 小説を書いてみよう。

 そう思い立ったのは、もう二十年も前の話だ。もちろん読者として小説を楽しんではいたので、小説がどういうものかはなんとなく理解しているつもりだった。ただ執筆の経験は皆無に近く、学生のときに作文を書いた程度だ。自分の知らないルールやテクニックが存在するかもしれないと考えた僕は、近所の書店に足を運び、棚に並んでいたうちから一冊の小説指南本を購入してきた。

 その本を読みながら、頭の中にいくつものクエスチョンマークが浮かんだ。

 もっとも大きな疑問は、視点についての記述だった。その本には、けっして視点人物を切り替えてはならないと書いてあった。どうにも呑み込めなかった。それまで読んできたプロの小説では、視点人物の切り替えが行われている作品がいくつもあった。むしろ単一視点の作品のほうが少なかった。それなのになぜ視点人物を替えてはならないのか。プロならよくてアマチュアはダメなのか。いや、新人賞受賞作として刊行されている作品はアマチュアが書いた原稿のはず。そういった作品の中にも視点人物の切り替えが行われている作品が存在した。なぜ視点人物を切り替えてはいけないのか、その本に具体的な説明はなかった。

 最初の一作だけはその本に書かれたルールを踏まえた上で書き上げたが、その後、僕は本に書かれた内容を無視するようになった。納得できないルールに従い続けることはできない。プロが普通に行っていることを禁じられるなんて理不尽だ。自分でおもしろいと感じるものを書きたいように書くことにした。

 そして五年後にデビューが決定したとき、僕にとって小説指南本は『無用の長物』であることが決定的になった。

数年後に額賀チルドレンが文壇で活躍する

 いまならもう少し鷹揚な捉え方もできる。

 小説指南本は『エッセイ』に近い。

 創作術を伝授するという体裁で小説家が自分語りをするもの。小説を書きたい人間にとって参考にならないわけではないが、指示通りにしたからといって上手くいくとは限らない。再現性は低いし、そもそも最初から教える気などなく、いかにして自分が成功したかという自慢話を延々と綴るものまである。それはそれで読み物としては興味深くても、本気で小説の技術を学びたい人間にとっては遠回りだし時間の無駄にしかならない。場合によっては創作意欲を削がれてしまうことすらあるだろう。著者に小説家としての実績があるほど自分語りの比率が高くなる傾向があるのも、純粋に技術を学びたい人にとっては厄介なところだ。

 その点、『1冊目に読みたい小説の書き方の教科書』はタイトル通り「教科書」に徹しているという点で出色だ。「小説指南本」は何冊も読んできたが、ここまでちゃんとした「教科書」は読んだことがなかったなというのが、読み終えての率直な感想だった。

 経験の浅すぎる人間は、えてしてなにが「わからない」かが「わからない」。だからどうするべきかもわからない。しかし著者の額賀澪さんは大学で教鞭をとるだけあって、小説を書きたい人の「知りたいこと」「知るべきこと」を先回りして的確に拾い上げ、実例を挙げながら丁寧に説明していく。まさしく「教科書」。僕が最初に手に取った小説指南本で首をひねった視点についても、カメラワークにたとえて丁寧に解説してある。ここまで実績のある著者が自分語りに走ることなく、実践的なノウハウの伝授に徹した本を、少なくとも僕は読んだことがない。

 この書評の依頼を受けるにあたり、「書き方の共通点や異なる点についても触れていただきたく」と注文をいただいたのだが、悔しいことに(?)僕には異論を挟む余地が見当たらない。むしろ僕自身が無意識に行っていた作業の思考過程を言語化された気がして「そういうことだったのか」と膝を打ったほどだ。純文学だとまた違うのかもしれないが、エンタテインメント小説を書く上では完璧に近い「教科書」だと思える。この本に書かれた内容を忠実に実践し、課題を一つひとつクリアしていけば、ある程度以上のクオリティの小説が書き上がることだろう。

 すでに現段階でちらほら生まれ始めているが、数年後にはより多くの「額賀澪チルドレン」が文壇で活躍することになる。

 その確信を深めた一冊だった。

評者

 
佐藤青南 / Seinan Sato

1975年長崎県生まれ。『ある少女にまつわる殺人の告白』で第9回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、2011年同作でデビュー。2016年に『白バイガール』で第二回神奈川本大賞を受賞。2026年に『市立ノアの方舟 崖っぷち動物園の挑戦』で第二回北陸文庫大賞特別賞を受賞。ドラマ化された「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズ、「白バイガール」シリーズ、「絶対音感刑事・鳴海桜子」シリーズなど、著作多数。近著に『一億円の犬』『ラスト・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』『不純正律(上・下)』がある。

 

 
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