小説を書きたい。そう思いながらも、どこから始めればいいのかわからない。書き進めても途中で止まり、未完の原稿だけが増えていく――。そんな悩みを抱える方が最初に読む一冊が『1冊目に読みたい小説の書き方の教科書』
本記事では、その内容の一部を公開いたします。
また3月22日(日)には、刊行を記念して刊行を記念して、芳林堂書店高田馬場店でイベントを開催します(詳細はこちらから)。ゲストにはミステリー作家の天祢涼さんをお招きして、「小説を書き上げるために必要なこと」をテーマに、小説を書きたいと思っている方のお悩みにお答えします。
「小説を書きたい」と思い立ったあなたへ
こんなタイトルの本を手に取ったのですから、あなたはきっと小説を書こうとしているか、すでに書き始めたうえで何かしらの問題にぶち当たっているということでしょう。
「書きたいものはあるんだけれど、書き方がわかりません!」
という人もいれば、
「書きたいという気持ちはあるんだけれど、何を書けばいいかわかりません!」
なんて人もいるのではないでしょうか。
ただ、「小説を書きたい」と思っている時点で、恐らくあなたの中には何かしらの“きっかけ”や“理想”があると思います。
ものすごく面白い作品とであって「自分もこんな小説を書いてみたい」と思ったとか、自分の中にふっと生まれた物語をどうにか形にしたいとか。「絵を描くのも曲を作るのも大変そうだけど、文章を書くなら自分でもできそうだから」なんて気持ちで書き始めるのもいいでしょう。
まずはこの「やってみたい」という気持ちは創作大きなエネルギーになります。大事にしましょう。
必要なのは小中学校の国語の知識程度
小説はとても気軽に始められる創作です。小中学校の国語の授業で習った知識があれば、充分読みやすい小説を書くことが可能です。難しい漢字をいっぱい知っているとか、大学で文学の研究を何年もやるなんてことは必須ではありません。
学校に通っていれば嫌でも国語の授業は受けるのですから、絵を描いたり音楽を作ったりするのに比べたら、専門的な勉強も高価な道具もいりません。
なので、人によっては誰に教わることもなく面白い小説を書けてしまい、そのまま作家デビュー——なんてこともありえます。
しかし、そんな天才肌タイプの人ばかりではありません(かくいう私もそうではない側の人間です)。いくら「小中学校の国語の授業で習った知識があれば書ける」としても、なんのコツもテクニックも知らないまま面白く読みやすい小説を書くのは至難の業です。
小説の書き方はある程度メソッドというものがあります。先人達が己の創作の中でコツコツと見つけてきた「こうするといいよ」もしくは「こういうことはしない方がいいよ」という蓄積が、確かにあるのです。
才能もセンスも(とりあえず)必要ない
「小中学校の国語の知識程度があればいい」とか「ある程度メソッドがある」といっても、小説なんて才能とセンスの勝負でしょ?
なんて思っている人もいるかもしれません。事実、私もそう思っていた頃がありました。
私も一応プロの小説家として小説でごはんを食べているので、才能やセンスの塊の同業者を見て「おお……」と目を丸くすることもよくあります。
そういう人に「どんなことを考えながら書いているのですか?」と尋ねると、「何も考えていない。気がついたら降ってくる」という答えが返ってくることもあります。
でも、その「気がついたら降ってくる」のプロセスを一つ一つ解き明かしていくと、実は何も考えていないわけではないのです。
要は、才能やセンスで片づけられがちなものの大半は、言語化されていないプロセスやテクニックの集合体であることが多いということです。
これは自転車の乗り方と似ています。
初めて自転車に乗ろうとしたとき、こんなふうに思っていませんでしたか?
「ハンドルを真っ直ぐになるように握って……ペダルを漕ぎ出しやすい位置に置いて、怖がらずに勢いよく踏み込んで……」
一つ一つの動作を「ああして、こうして」と意識し、ぎこちなく漕ぎ出したことでしょう(私は自転車に乗るのが苦手だったので、当時の記憶が色濃くあります)。
ところが、自転車に乗るのに慣れていくと、徐々に細かな動作を考えなくてもできるようになっていきます。「ハンドルを……ペダルを……勢いよく……」と細分化されていた作業が、「自転車に乗る」という大きな行為に飲み込まれていくのです。
そんな人に「どうやって自転車に乗っているの?」と聞いても、「特に何も考えてない」という答えになり、乗れない人からしたら「あの人は才能とセンスで自転車に乗っているのか……」となってしまうわけです。
小説においても、同じことがよくあります。恐らく小説以外のものづくりにおいてもあるあるでしょう。
だからこそ、簡単に才能やセンスの話で片づけず、そこに眠るプロセスやテクニックを解き明かし、自分なりに習得する方法を考えるのが上達の近道なのです。
プロセスやテクニックは、才能やセンスの有無に関係なく、トレーニングで習得することが可能です。
何故断言できるかというと、私がまさにそういう「トレーニングで習得できるもの」を掻き集めて小説家になったタイプの人間だからです。面白い小説を書くのに必要なのは才能でもセンスでもなく、面白い小説を書く方法を学び、使えるようになること。それだけです。
本当の才能やセンスといったものは、〈解き明かす〉とか〈習得する〉なんて領域の遥か上空にあるのですから。手が届く領域のものには、しっかり手を伸ばしてみましょう。
技術を身につけて個性を磨こう
「他人と同じテクニックを勉強したら個性がなくなるじゃないか! 私は自分にしか書けないものが書きたいんだ!」
なんて思った方、安心してください。この本の中に書かれていることは、野球におけるボールの投げ方やバットの振り方、サッカーやバスケットボールのドリブルのようなものです。
ボールをちゃんと投げられないと野球なんてできないし、ドリブルができない選手はサッカーやバスケの試合で使い物になりませんよね。「ドリブルを覚えたらプレーから個性がなくなる」なんていうサッカー選手はいないでしょう。
スポーツを例にするとわかりやすいのですが、何故か小説の書き方になると「ドリブルなんて覚えたら個性が消える!」という人が多のです。
個性とは、基本的な技術を習得した上で花開くものです。安心して学びましょう。学んだことを恐れず自分の作品の中で使ってみましょう。
小説の書き方に正解はない
これから「小説の書き方」についてこの本の中でいろいろと解説していくのですが、一つ注意しておいていただきたいことがあります。
小説の書き方には、正解や不正解は存在しません。小説家Aが「面白い小説の書き方は○○だ」と言っていて、小説家Bは「いや、面白い小説の書き方は××だ」と言っていて、両者の意見は正反対! なんてこともざらにあります。
また、この方法はCさんには全然合わなかったけれど、Dさんはこの方法ですらすらと小説が書けた、なんてこともよくあります。
「正解がないなら、小説の書き方の本なんて役に立たないじゃないか!」
なんて思ったりましたか? でも安心してください。正解がないなりに、「こんなふうに考えると小説が書きやすくなるよ」という話をこの本ではしていきますので。
例えば、登山を思い浮かべてみてください。
自分の登山力に自信があるなら、登山道など通らず自分でルートを開拓しながら登ることもできますよね?
さすがに自分でルートを開拓するのは難易度が高いなと思うなら、大人しく登山道を通ることを選択するでしょう。
その登山道の中にも、初心者向けから上級者向けまで、さまざまな難易度のルートがあります。初心者がいきなり上級者向けの登山道を登ったら、頂上に辿り着くことすらできないかもしれません。
小説の書き方には正解はありません。しかし、この登山のたとえ話と同じことが言えます。
この本は「正解がないといわれる登山」にチャレンジする人達へ向けて、「初心者ならこんな感じに登ってみて!」と案内するつもりで書いています。
今まさに創作にチャレンジしようとしている人、もしくは壁にぶつかって悩んでいる人が、「なんだ、これだけで小説が書けるのか。超簡単じゃん!」と膝を打ちたくなるような、そんな内容になっているはずです。

>>「書き上げる力」が身につく小説の書き方〈講義編〉全16回 要約を読む
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