街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。(連載の詳細はこちら)

「お笑い流行ってない、ってどう思う?」。友人が私に聞く。おそらくダウ90000蓮見くんの「お笑いは流行っていない」という発言を受けてのものだと私は推察する。友人はお笑いが好きらしく、だから自分の好きなものが「流行ってない」と断定されてしまうと少し寂しい、みたいな様子。いやいや流行ってるよ、と言ってほしいのかもしれない。しかし「お笑い流行ってない」というフレーズに膝を打って手を叩いて見事と感嘆する自分がいる。そしてその一方で、友人の寂しそうな表情にそんなことないよと言ってあげたい自分もいる。
似たような経験があった。私が『水道水の味を説明する』という書籍を出版させていただいたときのこと。友人の一人が拙著を書店に買いに行ってくれた。友人は買ってくれて読んでくれてとてもありがたかったのだけれど、私にそれを伝えるとき、小さな寂しさを滲ませた。
大きめの書店に行って、どのコーナーにあるか探す。詩歌、いやエッセイかな。芸能・タレントの可能性もあるな。けれども見つからない。あれー、と思ってさらに探すと棚の上に「サブカル」とある。サブカル。一応、と恐る恐る覗く。するとそこに、鈴木ジェロニモ『水道水の味を説明する』。私の本はサブカルの棚に置かれていた。
「自分は普通に好きなものなんだけど、世間一般から見たらそれって〈サブカル〉なんだ、って。あなたの趣味はメインではありませんよって言われたような気がして、ちょっとだけ寂しかったんだよね」。私はなんて返したらいいか分からなくて、おおー、いいですねえ、とそれもまた人生というような顔で誤魔化した。
そもそも「お笑い」という言葉は「いやいや自分たちのやってることなんて何も高尚ではございません、ただの“お笑い”です」といった自虐や謙遜のニュアンスから始まっていると私は思う。それが後に、主にはダウンタウンさんの登場以降「こういうものが“お笑い”です」というような、それまでの“お笑い”的へりくだりから逆の位置に旗を立てる、敢えて格式めくという態度の新しい潮流が生まれた。メインカルチャー然としたサブカルチャーは熱狂を生み、ブームと呼ばれることを時折引き受けていく。
そしてM-1グランプリなどの賞レースによって“お笑い”という謙遜の器こそがむしろ最も気高いのだというメディア側からの提示がなされる。さらには令和ロマンによるM-1グランプリ二連覇。学校的なものからの逸脱によって積み上げられた格式が、ハックや考察という呼ばれ方で奇しくも学校的に攻略される。
2026年現在。自虐と自尊の両面を駆け抜けた“お笑い”という達磨の目はもう両方が真っ黒に描き上げられていた。「お笑い流行ってない」。それは感謝を込めてきちんとお焚き上げしませんか、というお笑いへの最大の謝辞なのである。
寂しげな友人に、そういうことをつらつら述べてみる。すると友人は、それは確かにそうかもだけど、そういうことではないんだよな、と私がよく見る表情をした。
▼以下、写真2枚+キャプション▼
【次回更新は2026年4月11日(土)正午予定】
プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
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