吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第57回は玉名女子高等学校(熊本県)#1

本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。

玉名女子高等学校吹奏楽部(熊本県)
温泉や玉名ラーメンなども有名な熊本県北部の玉名市に位置する私立の女子校。吹奏楽部は全日本吹奏楽コンクール16回出場で金賞12回(12大会連続で受賞中)。全日本マーチングコンテストは27回出場で23回金賞(15大会連続で受賞中)。全日本アンサンブルコンテストは13回出場で3回金賞。2025年度の部員数は83人。部員は九州を中心に全国から集まってきており、そのほとんどが寮生活を送っている。
 

純度100パーセントのサウンドの秘密

 「素直な心」「愛」「全員Solist」「のばしの音に表情を」——。

 歴代の部員たちが大切にしていた言葉が無数に貼りつけられた合奏場に、少女たちが集まってくる。全員が前髪を上にキュッと上げて留め、おでこを全開にしている。

 

 総勢83人。一見すると素朴で、少し幼さも感じさせる高校生たちだ。

 ところが、少女たちがいざ楽器を手にすると、聴覚や脳、皮膚、そして、心の奥底まで震わせる音楽が響きだす。

 玉名女子高校吹奏楽部。通称「玉女(たまじょ)」。

 2025年10月におこなわれた全日本吹奏楽コンクールに通算16回目の出場を果たし、12大会連続金賞という驚くべき金字塔を打ち立てた。

 

 地元の熊本県玉名市では「日本一の吹奏楽部」として住民の誇りにもなっている玉女は、全日本マーチングコンテストにも27回出場して金賞23回、全日本アンサンブルコンテストは13回出場で金賞3回と、まさに「最強の女子校」と言っていい存在だ。

 しかし、部員たちの素顔は明るく、笑顔がかわいらしいごく普通の少女たちなのだ。

 顧問に就任して33年目の米田真一先生は、誰に聞かれてもいつもこう答えている。

「コンクールで金賞が続いているのはたまたま。毎年、審査員が金賞だと思ってくれるのが続いているだけで、いつもうちららしい演奏をやっているだけ。特別なことは何もない」

顧問・米田真一先生

 それでは、なぜ玉女はほかの学校には真似のできない、純度100パーセントの澄み切った「玉女サウンド」を奏で、数々の大会で頂点を極めることができたのか?

 キーワードは「家族」だった。

スマホもSNSもない寮生活

 3年生で打楽器担当の川上はなは、部のリーダー的な位置づけだが、部長ではない。

 現在の玉女では部長や副部長といった役職は存在していない。一部の人に任せるのではなく、全員が「私がやらなければいけない。全員が部長」という意識を持つために、敢えて幹部を決めていないのだ。ただ、誰かが部を代表しなければならないときは、便宜上はなが部長的な役割を担うことになっている。

 生まれ育ったのは福岡県北九州市。子どものころからピアノを習い、コンクールでは全国大会で金賞を受賞するほどの腕前。夢もピアニストだったが、中学校に入って吹奏楽の魅力に目覚め、すっかり部活中心の生活になってしまった。

 そして、玉女の存在を知り、恋をした。

「演奏もすごいけど、音楽だじゃなくて、人としても大事なことを学ばせてくれるところなんだなぁ」

 はなは迷わず玉女に飛びこんだ。

川上はなさん(3年生・ハープ)

 

 玉女には白梅寮という学生寮がある。はなもそこで暮らすことになった。

 吹奏楽部員のほとんどはそこで共同生活を送っている。4人部屋で、1つの部屋に必ずすべての学年が入るようになっている。夕食は食堂で提供されるが、朝食は寮生で分担して作る。まさに「同じ釜の飯を食う」間柄だ。

 夜は23時に消灯。朝は6時10分から掃除が始まるため、それまでに起床するが、みんなギリギリまで寝ている。

 寮生活になかなかなじめない部員やホームシックになる部員もいたが、はなは違った。

「やっと憧れの玉女で音楽ができるんだ! ワクワクする!」

 寮には備えつけの電話があり、スマホは持てるが使用はできない決まりになっている。ただ、SNSや動画配信サイトなどはタブレットで見ることができる。

 だが、はなは別にスマホなんてなくてもいいのだとわかった。いつもみんなが近くにいる。伝えたいことがあれば、直接会いにいけばいい。相手の顔も見ず、声も聞かずにコミュニケーションすることが当たり前の時代に、対面のコミュニケーションを大切にするのは素敵なことだと思った。それに大好きな部活や音楽にも集中できる。

 持ち前のメンタルの強さも手伝って、はなはあっという間に玉女に溶け込み、吹部ライフを謳歌するようになった。

音だけで8割が決まる

 はなは高1で55人のコンクールメンバーに選ばれた。

 この年の自由曲は樽屋雅徳作曲《Crossfire 2023 ed. - November 22 J.F.K》。最初は普通の打楽器を担当していたが、あるとき、米田先生に呼ばれた。

 

「川上はピアノをやってたんだよね? 自由曲でハープをやってみないか?」

 ハープは縦長の枠に張られた弦を指で弾いて演奏する楽器。中学校の吹奏楽部にはなかったから、はなにはどんな楽器なのかよくわからなかった。先生に言われるままさっそく挑戦してみると、すぐにその魅力にとり憑かれた。

「同じ曲なのに、ハープが入るだけで音楽が変わるんだな。これは新しい世界だ!」

 はなは夢中になってハープを練習した。10本の指を使い、ペダルも操作しながら演奏するところはピアノと似ていて、ピアノの経験も活かせた。

「ハープとの出会いは運命かもしれない……」

 そんな予感がした。

 その年、はなは初めて全日本吹奏楽コンクールに出場した。ハープで出場するのも初めてで硬くなっていたが、3年生が「大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれて救われた。

 そして、《Crossfire 2023 ed. - November 22 J.F.K》の演奏。客席で感動して泣いている人の姿が目に入った。

(音楽の力ってすごいんだな……)とはな自身も鳥肌が立った。

 審査結果は金賞。はなは言葉にならない喜びと、先輩や先生たちへの感謝に包まれた。

 高2の全国大会では、やはり樽屋雅徳作曲《カタリナの神秘の結婚 2023年版》でハープを演奏した。前年より部員としても奏者としても責任が増したが、それ以上の喜びを感じながら演奏。この年も客席で涙ぐんでいる観客の姿を目にした。

 金賞という結果にも、充実感を覚えた。

 高3になり、はなたちがやったことは、みんなで話し合ってから米田先生のところへ「コンクールに出たいです」と言いにいくことだった。

 全国大会常連の玉女だが、コンクールがすべてだ、コンクールがいちばん大事なイベントだ、などと考えているわけではない。コンクールに出ることも、毎年決まっているわけではない。もし、部員たちが出ないでいいと言うのだったら参加しない、というのが米田先生の方針だった。

 ただし、やると決まったら、本気でとことんまでやる。一切妥協はしない。

 そうして玉女は2025年のコンクールへの道を歩み始めた。

 米田先生は部員たちに向かって何度も「いい音で」と要求した。合奏のときだけではない。チューニングも、基礎合奏も、常に「いい音」であることを先生は重視していた。

「音だけで8割が決まると思ってください。それは、いい音なら、それだけで80点もらえるってことです」

 先生の言葉のとおりだと思った。これまで玉女が高い評価をもらってきたのは、きっとまず「いい音」が最初にあったのだろう。自分たちも、そこを目指そう。

 米田先生は、音楽科の教員としてただでさえ忙しいのに、長い時間をかけて部員たちと向きあい、ときには冗談で笑わせ、ときには真剣に叱ってくれた。はなは先生を怖いと思ったことがない。

(こんなに愛情をかけて指導してもらえて。あぁ、私たちは本当に幸せだ……)

 まるで私たちみんなのお父さんのようだとはなは思った。 

 そんな先生に感謝を伝えるためにも、自分たちらしい2025年版の玉女サウンドを作っていかなければならない。はなは心の中の拳を握りしめた。

自由曲にざわめく気持ち

 2025年のコンクールに向けて、課題曲は伊藤士恩作曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》に、そして、自由曲は過去2年間と同じ樽屋雅徳が作曲した《サントス・デュモンの大空への夢(2024年版)》と決まった。

 もともとあった《サントス・デュモンの大空への夢》を、昨年度の3年生が演奏するために米田先生がさまざまなリクエストをし、樽屋にリニューアルしてもらった玉女オリジナルバージョンだ。

 玉女では、2011年に福島弘和作曲《ラッキードラゴン 〜第五福竜丸の記憶〜》を選んだときから、自由曲はほぼ標題音楽にしてきた。標題音楽とは、タイトルや説明文で表された音楽以外の内容(標題)を音で表現・描写する音楽のことだ。

「標題音楽は、子どもたちが曲のイメージをつくりやすい。具体性のあるものを使ったほうが音楽を共有しやすい」

 そう考えた米田先生は2025年も、実在の飛行船・飛行機の開発者だったサントス・デュモンをイメージしてつくられた《サントス・デュモンの大空への夢(2024年版)》を選曲したのだった。

 大空を自由自在に飛び回る夢を追い求め続けたサントス・デュモンの姿には、中学時代から音楽の教師になる夢を抱き、それを実現しただけでなく、最高峰のスクールバンドをつくり上げた米田先生自身の姿も重なっていた。

 

 米田先生の口から自由曲が発表されたとき、はなの心はざわめいた。

(《サントス・デュモン》が私たちの最後の自由曲なんだな。歴代の先輩たちも、高3の自由曲が発表されたときはこんな気持ちだったのかなぁ……)

 ともかくも、2025年の玉女はこの曲をたずさえてコンクールに挑んでいくことになる。

 曲の途中にはハープの見せ場もあった。はなは俄然気合いが入った。

 練習のときには、米田先生が何かを話し始めると、すぐに手帳を開いて先生の言葉や大切なことをメモした。部を代表して毎朝先生のところへ連絡事項を聞きにいくのははなの仕事だったが、そのときも手帳に書き込んだ。

「メモするだけで満足したらダメだよ」

 先生にはそう言われていたから、はなはことあるごとに読み返すようにしていた。何かがうまくいったとき、うまくいかなかったとき、手帳を見るとその原因が理解できた。手帳はただ記録するだけのものではないのだとわかった。

 手帳は毎年新しくしていて、2025年のものは正月に福岡に帰省したときに買ったお気に入りだった。

 日々さまざまなことを書き込んでいったが、はなは想像もしなかった——その後、玉女のコンクール史上もっとも厳しいピンチを経験し、全国大会が終わるころにはもともと普通サイズだった手帳が辞書のように分厚くなるとは。

 

<次回>【吹部ノート 第58回】玉名女子高等学校(熊本県)#2

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全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

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