街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。連載の詳細はこちら

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【12月13日(土)正午まで無料公開】

「チリ」に出演した。ダックワーズという人力舎の後輩の、毎週新ネタライブ。えっ毎週、と思う。毎週新ネタを作る。良い。その意気込みだけだったら私は芸人として馴染みがある。しかし、毎週新ネタライブ。新ネタを作って、ライブまで行う。これは尋常ではない。

 さらにチリはそれに留まらない。過去の「チリ」のライブタイトルを見てみる。『チリ♯96 大運動会SP』『チリ♯93 全員逮捕 留置場SP』『チリ♯92 来れるもんなら来てみろ 栃木の洞窟SP』。サッカーコートや留置所や栃木の洞窟で、毎週、新ネタライブ。めちゃくちゃだ。頑張ってる、を超えている。そして今回。『チリ♯99 演者100人一斉平場大登場SP』。チリ、えっと、どういうこと。

 座・高円寺2。東京お笑いライブシーンにおける大きいライブ、良いライブといえば、に相応しい素敵な劇場。今日チリだ、と思いながらそこへ向かう。演者100人一斉平場大登場。どうやるんだろう。楽しみと心配はそっくりそのまま未来への感情に似ている。

「まずはこれだ!」「次はこの企画!」。ダックワーズのモナがマイクを持って、会場のスクリーンを駆使してライブを進めていく。おいなんだよこれー。どういうことだよー。最初は探り探りだった私たち100人の芸人。しかし次第に、ほとんど無意識に、流れに体が沿っていく。

 1人で前に出てギャグをしたり、何人かでくだりをしたり。100人が一斉に舞台に出るとあちらこちらで騒がしくなって収拾つかなくなるのでは、とも思っていた。しかし案外統率が取れている。1になるか、99になるか。そのどちらに身を置くかを瞬時に判断して私たちは行動する。揺蕩いながら、時に大きく水をかきながら、群泳する鮭のように私たちの動きそれ自体が次の流れを生み出していく。

「いやー、なんかテレビみたいでしたね」。終わった後の楽屋。着替えながら誰かが言う。確かに、と思う。お笑い芸人がごそっと登場するテレビ番組ではまさしく、演者100人一斉平場大登場、みたいな場面が起こり得る。チリ。めちゃくちゃなことをやっているように見えて案外、芸人に必要な力を養う実践的なライブ。何というか、普通に素晴らしい。

「お客さんはもちろんですけど芸人100人に見られてると思うと、軽いことはできないっすよ」。帰り支度をする100人全員が、爽やかで、楽しそうで、悔しそう。私もそういう顔をした。

▼以下、写真2枚+キャプション▼

『チリ♯99 演者100人一斉平場大登場SP』の私たち。こんなに楽しそうなのにがちで全員金ないってなんなんだ。おもしろいを信じてそれを仕事にしようとするなんてとんでもない愚行だが、どうしてだろう、全員の魂が空のように瑞々しい。俺を信じろ。俺というのはおまえのことだ。
エンディングで変顔をする私。お客様が撮ってくださっていた。ライブ中、変顔をします、と言って前に出て承子クラーケンさんが持参していた「顔を大きくする器械」(?)で変顔を大きくしてもらった。エンディングのわちゃわちゃの中に佇んでいるとモナが近づいてきて「真ん中で変顔しましょう」と耳打ちしてきた。うん、と言ってそれをした。モナありがとう。私の顔は花のように私以外を向いている。

【次回更新は12月13日(土)正午予定】

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)

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