
今シーズンのMLBを語るうえで欠かせない存在は、アメリカン・リーグ優勝決定シリーズ(ALCS)へと駒を進めたトロント・ブルージェイズだろう。
ALCSではホームラン、打点の二冠王に輝く捕手・ローリー擁するシアトル・マリナーズと戦う。ホーム2戦を落としたものの、シアトルに場所を移して大勝。
今シーズンからブルージェイズのアナリストとしてチーム戦略の一部を担う加藤豪将(日本人として初めてメジャードラフト100番目以内に指名され、北海道日本ハムファイターズでもプレーした)は「4勝1敗すればいいだけ。それはシーズン中、何度もしてきた。選手を信じています」と語る。
その加藤が明かす、ブルージェイズの戦略。試合中のメジャーアナリストの仕事とは?
対左投手と対右投手のときの作戦は、全然違う
――(6月12日)5対2で勝利した対カージナルス戦は、好ゲームだった印象です。
このゲームにおいての、加藤さんの分析官としてのお仕事についてうかがいたいと思います。試合序盤はどういうところに気をつけて、野手に対してどう相手投手の情報を伝えるのでしょうか?
加藤 まずは相手の先発投手の話から入るんですけど、対左投手と対右投手のときの作戦は全然違います。
(カージナルスの)リベラトーレは左腕投手なんですけど、今年はケガなどもあって、あまり調子が上がってないときに対戦できたこともありました。そういうのも踏まえて、うちのバッターは右打ちが結構多いので、有利な対戦ではありましたね。
――右投手に対しては左打者、左投手に対しては右打者が有効と日本でも言われます。そこは傾向としても、データとしても定石なのでしょうか?
加藤 そうですね、時々、左ピッチャーにすごく強い左バッターとか、いるんですけど、左ピッチャーは基本的に右バッターが打つという考えで普通だと思います。
――それは、なぜだと思います? そういう分析も進めているんですか?
加藤 バットの軌道などを見ても、中に来る球のほうが打ちやすいのが普通です。
真っすぐも内角に入ってくるので、フライを打つなら引っ張ったほうがいい。そう考えたら中に来たほうが、いい結果にはなると考えられていますね。
あの試合は、基本的に「右バッターがどのぐらい打てるか」がキーポイントになっていました。
それが、下位打線も、トップのゲレーロ(3打数1安打2打点)とビシェット(5打数2安打1打点)もその試合打ってくれたので、それで勝てたと思います。
――初回の攻撃をご覧になられて、ちょっと予想とは違うぞとか、予想どおりだぞ、みたいなことは伝えられたりするのでしょうか? 伝えるとしたら、どのぐらいのタイミングで伝えるのでしょうか?
加藤 毎回、うちのチームの攻撃のあとにはレポートを紙に印刷して出して、そこにいろんなメモとかを書いて、バッティングコーチに渡しています。
そのデータも限られたデータしか渡せないので。それはMLBのルールで決まっています。
基本的には、初回は今日の回転数はいつもより多いとか少ないとか、真っすぐよりもシンカーをもっと投げているとか、シンカーの軌道がちょっと今日は違うとか。そういうのを初回に出しますね。
――試合前から持っているデータと比較して出されるわけですか?
加藤 そうですね。比較はするんですけど、基本的にほぼ毎回同じなので。時々予想外の変化球だったり、いつもはもっとホップ成分(※)があるはずが、今日はあんまりないとか。シンカー系だったり。そういうことも時々あります。
――選手と目線を合わせるのも大事ですね。
加藤 ベンチにiPadとかあるんですけど、ベンチにはそういうデータを送ったらダメとMLBに決められているので。紙にして印刷してベンチに持って行なっています。
――なぜ紙のレポートなのか。そこだけアナログなのかと思ったんですが、ルールで決まっているのですね。
加藤 ルール上、紙はOKっていうのが、ちょっと謎なんですけど(苦笑)。でも、その紙に印刷する内容もMLBが見ているので。それは全球団やっていると思います
――ベンチの選手、コーチに渡す前に、MLBからチェックが毎回入るのですか?
加藤 毎回ではないですけど、試合中で3~4回ぐらいはチェックされますね。レポートの写真を撮って、MLBに送っています。ヒューストンの件(※)があってから、管理がすごく厳しくなってきていますね(苦笑)。
ポジショニングは全部「データ」から出ている
――シュナイダー選手の好守備がチームを救った場面がありました。一、二塁間を抜けそうなゴロを、しかも、走者一塁の状況で、一塁でアウトにしました。
シュナイダー選手は定位置よりもちょっとセンター寄りのところに立たれていました。あの立ち位置の守備的な意図を教えていただけますか?
加藤 うちのポジショニングは全部データから出ているものなんです。(予測)モデルを使って、コンピューターが作っている。僕はその選手がちゃんとそこに立っているか、チェックする仕事を試合中しています。
ホークアイ(※)のデータ、ホークアイのカメラを使って、ちゃんとその場所に立っているかをチェックします。
――目視ではなく、ホークアイのカメラでチェックされるのですね。ズレているときは伝えなければいけないのでしょうか?
加藤 そうですね。内野手は一歩が2.75フィートで計算しているんですけど、一歩ぐらいの幅だったらOKです。それよりちょっと遠くなっていたら声をかけたり。
外野手は3歩から5歩ぐらいの間だったらOKなんですけど、それ以上になったら、もう少しこうしたほうがいいよっていうアドバイスをあげたりしますね。
――このときのシュナイダー選手の立ち位置は、その点でいうと理想的だったということですか?
加藤 はい、このときは理想的だったと思います。
基本的にうちの内野手、外野手なんですけど、ブルージェイズのマイナーから上がってきた選手は、ポジショニングがすごくうまいですね。 カードの読み方と歩数が一致しているので。若い選手はそれが得意です。
このモデルを作るのに、ブルージェイズはものすごい時間とお金をかけました。3年ぐらいかけて、現在ポジショニングに関しては1位なんです。
ただ、大事なのは、選手がちゃんとそこの点に立ってくれるかということ。どんなにちゃんとしたデータを出してても、選手がそこに立ってくれなかったら、全然意味がないので。
――例えば、分析官が野球をやったことのない人だったり、プロ経験のない人だったりすると、言われた選手が気を悪くする可能性もあるのではないでしょうか。加藤さんのようにメジャー経験のある方に言われると、より説得力が増す。誰が言うかということも大事なのですね。
加藤 それもあると思うんですけど、それよりも、言い方、コミュニケーションの仕方だと思いますね。僕はシュナイダー選手ともチームメイトだったので、そういう話をしても変に取られないんですけど。選手にとっては、聞きたくないことってあるので。
分析官がどんなにいい情報を渡しても、結果的には選手がパフォーマンスを出している。試合を動かせるのは100%選手なので。
僕は、もしかしたらこういう情報が欲しいのかなと選手の気持ちを考えながら、データとか作戦を出してるんですけど、それを採り入れているのかはまったく分からないですし。もしかしたら全然採り入れてないかもしれない。選手のサポートになれるように、僕は頑張っていきたいと思っているだけですね。
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(テキスト:小川誠志)
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メジャーリーグ、トロント・ブルージェイズの分析官として活躍する加藤豪将が紐解く「日米野球の最先端」。
2013年のメジャードラフトで名門ニューヨーク・ヤンキースから2巡目で指名、トロント・ブルージェイズでメジャーデビューを果たしたのち、2022年にプロ野球ドラフト3位で北海道日本ハムファイターズに入団と稀有な野球キャリアを歩む加藤と考察する「日本の野球」と「アメリカのベースボール」の違い。
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