街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

 

 Podcast番組「鈴木ジェロニモの感情〜花〜」のイベント「ここにある鈴木ジェロニモの感情〜花〜」が開催された。歌人の上坂あゆ美さんをお呼びして2時間話した。

 かき氷の話になった。私が子供の頃、近所に市民プールがあった。夏は毎年そこに行った。家から水着を穿いていって、こんなのしていいのか、とやや背徳的な気持ちになりながら水着の尻で自転車を漕ぐ。総合運動公園という名前だった。長いので、総合公園、ソーゴー公園、くらいの短さで呼んだ。公園の中にプールがある。プールを目指して自転車を漕ぐと必然的に公園を目指すことになる。

 田んぼの道をまっすぐ。公園を取り囲む濃い緑の木々が、山を祝うケーキのろうそくのようにそびえている。空がしぼりたての絵の具のように青い。ペダルの上に立ち上がって自転車の分高くなった私の目線が、木々の上からプールを覗けないか試みる。もちろん実際には見えなくて、ぐん、とサドルに座り直す。自走する自転車に勢いを継ぎ足すように太ももを膨らませて漕ぐ。先に到着した気持ちを待たせた後、体もプールに到着する。

 朝から行ったプールは昼過ぎくらいから後半、って感じがしてきて寂しくなる。だから寂しくなり切る前に、夕方を待たずに帰る。公園の周りはその辺りにしては珍しい2車線の道路に囲まれている。その、幼い自分から見ると永遠のように太い2車線を、左右の車を見切ってどばっと渡る。それだけで冒険だった。冒険の先に細い農道が続いている。道沿いの小屋に旗が揺れている。氷。私がかき氷を覚えたのはそこだった。

 イチゴ、レモン、メロン、色々あるけどブルーハワイが気になる。通っていたスイミングスクールでは毎回チョコミントのアイスを買っていて、そういう、まだ意味わからない味が好きだった。ブルーハワイのかき氷を、地平線に帰りかける夕日と分け合って食べる。やっぱり意味がわからなくて、次もまた食べよう、と思う。

 大学生になって東京に来ると高いかき氷があった。生まれたての雪のようにやわらかく積まれた氷に、ジャムよりいちごないちごジャムが注がれている。屋敷の庭のような皿に載って出てくる。うまい。確かにうまい。おいしいと思われるために作られたこだわりが感じられる。でも、と思う。私のかき氷はいつまでも、たどたどしく削られた初対面の会話のような拙さの、あのブルーハワイのかき氷だ。みがかれたものに出会ったとき、みがかれてなさが懐かしい。

 あの高いかき氷って何かあれですよね。「「駅前の再開発」」。えっ。「わっ」。やー、まじそうですよね。「そうですそうです。高いかき氷って、駅前の再開発なんですよ」。上坂さんと同じことを思って同じことを言った。伸ばし合った手は実際には届かなくて、実際以外で届いた。

終演後の上坂さんと私
『トマトのジュース』を歌いながら登場

【次回更新は8月2日(土)正午予定】

街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっ...続きを読む

【過去の記事を読む】鈴木ジェロニモの「耳の音」 記事一覧

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

連載の詳細はこちら

 

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
鈴木ジェロニモの「耳の音」
550円(税込)
商品の詳細をみる

芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)

初回記事を見る〈無料〉
「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生
ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。