ここ数年、メディアでたくさん目にするようになった自己肯定感という言葉。自己肯定感とはなにか、低くなる理由はなにか、心理カウンセラーのきいさんに話を聞きました。後編では、自己肯定感を回復させる方法と日常で意識したいこと。さらに我が子の自己肯定感を下げないために、親として心掛けたいことを掘り下げます。

文=松倉和華子

きい
心理カウンセラー

武蔵野美術大学を卒業。統合失調症、適応障害の経験から認知療法やアドラー心理学などを独自に学び、抑うつ状態を改善。インスタグラムで発信する心理学の考え方や役に立つ知識が好評を博している。著書に『しんどい心にさようなら 生きやすくなる55の考え方』(KADOKAWA)、『「私は自分が好き」と言うことから始めよう』(大和出版)がある。

 

自己肯定感の前提となるのは自己受容

エディター澤田:自己肯定感はどのように回復させていけばいいですか?

きいさん(以下、きい):自己肯定感の前提になるのは、自己受容。つまり、自分を知ること、そして受け入れることが必要です。

 自己肯定感が低いときって、何をするにも「誰かのため」だったり、「普通はこうあるべきだ」という他人軸、世間軸がすべてになっている状態。自分がどうしたいか、どう感じているかは二の次になっているんです。

 自分を知るために、私もやったように、「本当の気持ちをノートに書き出す」「好きなものを集める」などのワークが有効です。

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 他には「カフェに行った時には自分が好きな席に座る」とか、どんな小さなことでもいいから、「自分がこうしたいからこうする」「自分が決めて自分でやる」という経験を積み重ねていくこと。

 普段の生活も「今私が飲みたいから水を飲む」「今買い物にいきたいから行く」とじつは無意識に自分が選んでいるんですよね。認識していますか?自分軸で選んで大丈夫だったという経験の積み重ねが自己肯定感につながっていきます。

エディター澤田:たしかにそうですね。まずは自分が本当はどうしたいのか知る、と。

きい:はい。そのうえで自分を受け入れるために、認知行動療法が有効です。起きたできごとに対する、自分の受け取り方や感じ方を変えていくことでストレスを減らしていく方法です。

「~あるべき」「~してはいけない」と思っていることを発見したら「~でいいよ」に変換して偏った思考をゆるめるワークや、その日できたこと・よかったところに注目する「あること探し」ワークが該当します。

 たとえば、今までは「人に優しくできなかった」→「人には優しくすべきなのに自分はダメだ」と考えていたところを、「人に優しくできなかった」→「優しくできなくてもいいよ」と頭の中の言葉を入れ替えて、できない自分を受け入れる。

「どっちでもいいんだよ」「どっちもあるよね」が現実的でフラットな思考です。あくまでも人への優しさも義務ではなく選択だと認識する。場面や相手によっては厳しさや冷たさも必要ですし、優しくできない時やわざわざ優しくしたくない相手もいますよね。それでいいんです。

 または「できなかったことを後悔するということは、優しくしたかったんだね」と感情に共感するだけで、そこに◯×といった評価をしないようにする。物事は白黒つかないこともある、白黒だけではないということを刷り込んでいきました。

エディター澤田:たしかに、いつも完璧でいるなんて無理ですもんね。

きい:自己肯定感が低い人は、理想が高すぎることも多いです。理想があるからこそ、現実とのギャップに悩んでしまう。でも、理想を持つこと自体は悪いことじゃない。

 だからギャップを嘆くより「そうしたかったんだね、そんな自分でいたかったんだね」と共感して、理想通りにならないできない現実の自分も受け入れる。「できない“時”もあるよね」「そういう”こと”もあるよね」「そういう“人”もいるよね」と区切って捉えるようにするといいと思います。

エディター澤田:でも長年の癖でつい自分を責めてしまいそうです…。

きい:脳は回数を重ねることで思考回路が書き変わると言われています。

 自己否定に気づいたタイミングで「それでもいいよ」「~はないけど~はある」「自己否定するということは望んでいることがあるんだね」「自己否定を止めるのも義務ではない。自己否定してもいいよ」と意識的に考え方を変えることを続けてみてください。次第に思考習慣が変わっていきます。

 

「課題の分離」で自分のことに集中する

エディター澤田:最初は無理矢理でも、捉え方を変えるってことですね。

きい:はい。あとは「課題の分離」も自己肯定感の回復に役立ちます。

エディター澤田:課題の分離?

きい:人間関係などのトラブルが起きたときに、それは自分の課題なのか他者(相手)の課題なのかを切り分けて考えることです。自分には自分の体があり思考があり、感情があり選択があるし、他者も同じだと理解することで、人と自分の領域をわける習慣付けですね。

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 たとえば、私が交際相手に体重管理をされていたときも、「彼が私に対して“体重何キロでいてほしい”と思うことは彼の自由。そして私がそれに応じるか、拒否するかは私の自由」なんです。

 人の期待に応えなくてもいい・応えてもいい。そうやって彼と自分、親と自分、目の前にいる人と自分を切り分けて考える。他者が私に対して好意的に思っても、否定的に思っても、それは他者の領域のことだから、私はそこに関与できないし、しなくていいんですよ。

 私も自己肯定感が低かったときは、他者を無理矢理コントロールしたいと思っていたんです。「どうすれば好かれるかな、評価してもらえるかな」ばかりを気にして生きていました。でも、相手がどう思うかは決められない、そう知ることで自分の領域に集中できるようになった。考える範囲が減って楽になりました。

エディター澤田:なるほど。逆に他者からの期待を勝手に感じて、いやなことを断れない時もありますよね。相手が期待するのは相手の自由だし、期待に添えなくてもそれは私の自由と。

きい:その通りです!

「課題の分離」には、「私は(=I)」と主語をたたせて発言、思考する「アイ(I)メッセージ」も有効です。「私はこう思います」とか「お母さんはそう思うんだね」「課長はそう思われるんですね」と、主語を際立たせることで、相手の意見を尊重しつつ、自分の意見とは別であるという認識を持って話ができます。

我が子の自己肯定感を下げないために「存在」を否定しないこと

エディター澤田:私は子育て中なので、親の言動が子どもの自己肯定感に影響すると思うと、心配になってしまうのですが…。我が子の自己肯定感を下げないためにできることはありますか?

きい:子育ては千差万別ですから「こうすべき」というより、心に留めておいて欲しいことがあります。それは「子どもの存在そのものを否定しない」ことです。

エディター澤田:存在を否定しない?

きい:子どもが何か失敗したり、間違えたとき、別のやり方を示したり非を指摘することは親の役目だと思います。

 例えば、子どもが暴れていてコップの水を繰り返し机にこぼしてしまった。そのときに「こらっ!なんでまた暴れたの!ダメな子ね」とつい感情的になって言ってしまうことってあると思うんですけど、注意して欲しいのは後半の“ダメな子だ”という言葉。これは、その子そのものをダメだと否定してしまうことになります。

 叱るときに気をつけたいのは、間違ったことやアクシデント自体と、その子の存在をひとまとめにして怒らないこと。アクシデントに対しては「テーブルが汚れるから気をつけようね」と伝えつつも、「だからダメな子だ」、「あなたはいつも手が掛かる人だ」という言い方をしないよう気を付けましょう。

エディター澤田:ついついやりがちですよね。

きい:そうですよね。感情的に怒ってしまうことは人間だからあります。ただ、落ち着いている時に「あなたがいてくれるだけでうれしい」とか「生まれてきてくれてありがとう」など、「あなたが大好き」と伝えることが大切です。

「好き」「愛している」と言葉にしづらければ「今日も一日元気に過ごせたね」と労う。あるいはハグをするだけでも子どもは存在を肯定されたと感じられると思います。

エディター澤田:後からフォローしたり、自分の心に余裕があるときに愛情表現できればいいんですね。

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きい:はい。やらないほうがいいのは、泣いちゃダメ、怒っちゃダメと感情を禁止すること。あとは「泣いてたら恥ずかしい」「そんなことしていると人から笑われるよ」「◯◯したらお菓子あげないよ」など仲間はずれや賞罰をチラつかせて親の言うことに従わせようとし過ぎるのもよくありません。

エディター澤田:う…子供に注意する時って、つい言葉のインパクトに頼ってしまうんですよね。「ママ怒るよ」とか「片付けないなら捨てるよ」とか。脅しになっちゃう。

きい:大人がマナーや常識を教えるのは、本来目的があるからですよね。ただ笑われるからとか捨てられるからということではなく、気持ちよくこの場で過ごすためとか健康や安全を守るためとか。つまり、子どもが自分で自分を幸せにする力を身につけ自立するため。本来の理由や目的を伝えることが教育になります。

 私自身もそうでしたが、罰則で縛り付けられると、怒られないために勉強するとか親に言われたから練習するという状態になって、なんのためにそれをするのかという目的がすっぽ抜けてしまうんです。

エディター澤田:そうか、子どもの思考力まで奪ってしまうんですね。

きい:脳の仕組み的にも、変化を急かさず「悲しかったね」と共感したり話を聞くことを多くしてあげるほうがいいです。気持ちをわかってもらえると落ち着くんですよね。落ち着けると人は前向きな思考や行動をしやすくなりますし、自分を認めることもできます。

 要は子どもでも1人の人間として尊重しつつ、共感したり、発言に寄り添うこと。ただ、親御さんも日々忙しく、余裕がない時もあると思います。少しも悩まず常に無償の愛を注ぎ続けられる人間なんていません。

 ですので、「常にそうすべき」ではなく、できるときだけでも子どもの声に耳を傾け、すぐに口を挟まずうなずき、目を見て会話する。それによって、子どもは存在を認められていると感じられると思います。

子どもにもありのままの自分を見せていい

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エディター澤田:子育ては、我が子を見ながら追体験するような感覚もあり、自分を見つめ直すきっかけにもなりそうです。

きい:そうですね。だからといって子どもの前でお手本になろうと頑張り過ぎたり、完璧でいようとするより、ときには間違うお母さんや失敗するお父さんの姿も見せていいと思います。不完璧でも大丈夫、不器用でも楽しく生きられるよ、と教えられるのも大人だと思います。

 目的は怒られないこと、迷惑にならないことではなく、自分の人生が豊かになること。これが好き、こういうのも幸せ、って自分なりに選んでいくことが人生だよと伝えてあげる。親である前に一人の人間として幸せな姿を見せることで子どもにも伝わると思います。

 ハードルは下げて下げて。偉大な姿や一生懸命な姿もいいのですが、ご飯が美味しくて嬉しいね、花が綺麗で風も気持ちいいね、とか身近な幸せを味わっている姿でいいんです。

エディター澤田:そうですね。

きい:私のクライアントさんで回復していく方は「私、困難や凹むことはあってもなんとかなります!」って言うんですけど、その感覚こそが自己肯定感なんですよ。自己否定感や不安に囚われなくなった、なんとかなるという感覚を自然に身に付けられれば自己肯定感は回復したと言えますね。

エディター澤田:そうですね、無理せず気張らず、ほんわかとした気持ちで毎日を過ごせるようになれば最高だと思います。今回はありがとうございました!

きい:ありがとうございました!