"夏の風物詩"全国高校野球選手権・第108回大会(8/5-8/22)が目前に迫り、各地方では出場権を争い熱戦が繰り広げられている。一方、プロ野球とメジャーリーグはオールスターゲームを終えると、優勝争いの色が濃いシーズン後半戦へと突入する。

 そんな野球で盛り上がる夏には、元西武ライオンズ監督・辻発彦さんと2026年プロ野球前半戦を振り返るスペシャルトークイベント「平石洋介の探球論REAL&LIVE」が開催される。今回は、イベント開催を記念して平石洋介の探球論のバックナンバーを特別公開!

「平石洋介の探球論」リアルイベントは7月30日に都内で開催。ゲストは元西武ライオンズ監督の辻発彦さん。2026年シーズンの前半戦総括と後半戦...続きを読む
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大谷翔平との記憶
 ・かつて何度も聞かれた「大谷・二刀流はできますか?」への答え
 ・「投手・大谷」対策とそれに応じる大谷翔平
 ・目の前で見た大谷翔平のプロ初ホームランに「驚きなし」
 ・メジャーでの再覚醒、すごさは「変化への勇気」

大谷翔平との記憶

かつて何度も聞かれた「大谷・二刀流はできますか?」への答え

 2025年の大谷翔平もやっぱり健在である。

 多くの人が注目したであろう日本で開催されたメジャーリーグの開幕シリーズ。東京ドームの屋根を直撃しながらスタンドインしたとされる驚きのホームランを皮切りに、アメリカに戻っても期待以上の活躍を早くも披露してくれています。

 見た者が声を失ってしまうほどの大谷のパフォーマンスは、NPBでのファイターズ時代から変わっていません。

 楽天で指導者をしていた僕自身も、それを目撃したひとりでした。

 花巻東で通算56ホームランを放ち、当時の高校生では最速となる160キロをマークしたことで注目を浴びていた大谷は、高校卒業時点でメジャーリーグに挑戦するつもりだったと言われています。そんななかで日本ハムが1位で指名し、口説き落とした。大谷が決断した大きな理由として挙げられているのが、バッターとピッチャー両方でプレーする〝二刀流〟の挑戦でした。

 大谷が日本ハムに入団した2013年、僕は楽天でバッティングコーチ補佐として一軍にいたことで、沸騰していた「二刀流論争」に少し巻き込まれました。

 二刀流挑戦に際して賛否が渦巻いていたシーズン開幕前。メディアからよくこんなことを聞かれたものです。

 ――大谷はどちらのほうがプロで通用すると思っていますか?

 僕の答えは毎回、決まっていました。

「実際に見てもいないのに決められないですよ。だって、両方いいから日本ハムも二刀流で挑戦させるわけですから」

 高校野球で「エースで4番」は大勢いますが、大谷は投打ともに高校のレベルを超越していたと思います。まず、高校で160キロを超える投手はそれまで見たことがありませんでした。そしてバッターとしても強豪校でクリーンナップを任されているわけですから、相当なレベルだったのでしょう。

 そう考えれば「可能性を消す」ことなんてできるわけがありません。そこに着眼し、大谷にこれまで前例のなかった二刀流を推し進めた日本ハムと栗山英樹監督の慧眼には頭が下がります。

目の前で見た大谷翔平のプロ初ホームランに「驚きなし」

 実は大谷にとって記念すべき「プロ第1号」は、楽天戦で記録しています。

 楽天のホームであるKスタ宮城(現:楽天モバイルパーク宮城)で7月10に行われた試合、4回の第2打席に永井怜から打ちました。インコースのストレートをライトスタンドに放り込んだわけですが、正直驚きませんでした。

 というのも、それ以前の対戦、例えば札幌ドームの試合で大谷のバッティング練習を見ると、両翼100メートル、フェンスの高さが6メートル近くある広い球場の左中間スタンド中段あたりまで打球を飛ばしていたからです。

 左バッターにもかかわらず逆方向であれだけ飛ばせるだけでも、大谷の異次元の能力は十分にわかりました。

 そんな僕が「バッター・大谷」で驚愕したのが、16年9月10日に楽天のホームで行われた試合でのホームランです。

 当時二軍監督だった僕はこの日、鎌ヶ谷での日本ハム戦を指揮していましたから現場でそれを見たわけではありません。ハイライト動画などであとから見たのだと思うのですが、この一発は僕のなかに鮮明に残っています。

 言葉で伝えるのは難しいのですが、6回に金刃憲人の内角へのツーシームをバックスクリーン右へ放り込みました。この試合、2本目のホームランでした。

 打ったのは、ひざ元に食い込むボールだったかと記憶していますが、それは左腕の金刃にとっての生命線であり、絶対的な自信があったボールのはずです。実際、そのボールは決して悪い球ではなく、むしろ素晴らしいボールでした。

 もし他の左バッターがこのボールを狙い、打ったとするならば、ほとんどが右中間やライトのポール際に打球が飛ぶはずです。

 それを、大谷はセンターに打ち返しました。右脇や右ひじの使い方、バットのヘッドの出し方……いろんな技術が凝縮されたホームランに「ホンマにすごいな」と驚いたものです。

「投手・大谷」対策とそれに応じる大谷翔平

 バッターとしての大谷にも散々手を焼かされましたが、バッティングコーチをしていた僕の立場からすると、「ピッチャー・大谷」のほうが苦心しました。

 彼が日本ハムに在籍していた13年から17年までの楽天との対戦成績は1勝7敗で、だいぶ貯金を作られていることからもそれはわかります。

 特に大谷が最多勝を獲る15勝を挙げた15年の記憶は鮮明です。

 160キロを超えるストレートも厄介でしたが、このシーズンからフォークボールを多く投げるようになっており、この球種のほうが嫌でした。

 それによって変わったのがスタイルです。前年に初めての2桁勝利となる11勝を記録したことで、先発ピッチャーとしてのペース配分をより心掛けるようになったのか、2球で追い込んだら3球目にフォークを投げ3球三振を狙いに行く。

 大谷はどの球種もスピードがありますから、ストレート狙いでフォークを投げられたら、バットが止まらず空振りしてしまう。かといってフォークに的を絞ったとしても、あの160キロの真っ直ぐをファウルでカットするのは、いくらプロといえど困難です。

 ならば、と「フォークをケアするために、見逃し三振覚悟で大谷に球数を投げさせよう」など、スコアラーやコーチ陣と対策を練ったのですが、それを見透かしたかのように、少ない球数でアウトを取りに来ました。

 結局この年も0勝2敗と土をつけられなかったことからもわかるように、大谷の力が一枚も二枚も上手でした。

 日本ハムでの5年間で、バッターとして48ホームラン、ピッチャーとしては42勝。十分な結果を残した大谷は、18年に満を持して海を渡りました。日本での実績もあり、メジャーリーグでも二刀流挑戦を表明した大谷を誰も否定することはありませんでした。

メジャーでの再覚醒、すごさは「変化への勇気」

 野球人として感心したのが、そのメジャー1年目のオープン戦でした。日本ではやや右足を上げてタイミングを取っていましたが、ノーステップ気味にバッティングフォームを変えたのです。

 おそらく、「今までのやり方だとダメだ」と考えたのでしょう。しかし、それまで打てていた形をすぐに変更するというのは想像以上に勇気のいる決断です。それを思い切ってトライしたことで、大谷は22本のホームランを記録するなど早くもメジャーリーグの野球にアジャストしました。

 4年目の22年にメジャーリーグ初となる規定打席、規定投球回の両方をクリアし、34ホームランと15勝をマーク。翌年にはアジア人選手として初めてホームラン王に輝き、昨シーズンは史上初の50ホームラン、50盗塁の「50-50」を達成して2度目のMVP……。

 今や大谷は、アメリカでも「ナンバーワン」と呼ばれるプレーヤーとなりました。

 指導者として対戦した日本時代は、どちらかと言えば苦杯を嘗めさせられたことのほうが多かった。言葉を選ばずに言えば「嫌な存在」でした。

 それが今では語ることも憚られるような素晴らしい存在に代わっています。

 「大谷対策」で苦しんだ日々も今となっては、誇らしい記憶なのかもしれない――そんなふうに思っています。

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平石洋介の探球論
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 元楽天監督・平石洋介と一緒に「野球を探求」していくコンテンツ「探球論」。毎週の野球分析記事やLIVE配信、対談など「プロの現場レベル」のお話を話していきます。連動企画書籍『人に学び、人に生かす。』は好評発売中。

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平石洋介より(From Yosuke Hiraishi)

2025年は『人に学び、人に生かす。』を出版させてもらいました。長く読んでもらえればうれしいです。2026年はより野球の見方、現場の考えを伝えられるコンテンツにしていきたいです!

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