街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。(連載の詳細はこちら)

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鈴木ジェロニモの「耳の音」#61「怪我した部分を庇っていた」

 

 友人が腕を怪我した。左腕の前腕部分。病院に行くと打撲と診断され、湿布を貼るなどしながら数日過ごす。全治2週間と言われたが痛みの収まりは意外と早く、1週間くらいで回復の兆しが見える。何だ全然軽いじゃん、と思ったところで、ぶつけてはいないはずの上腕三頭筋あたりに痛みを覚え始める。そっちの痛みの回復を含めるとちょうど2週間程かかり、やっぱりお医者さんの言うことは正しかった、と友人は述懐する。

「怪我した部分を庇っていたってことだと思うんだよね」。友人の話になるほど、と共感しつつ、もしかして、とも思い浮かぶ。体がそうであるように、心もそうなのではないか。

 例えば仕事において、もしくは日常生活でも、自分が本心からは推奨していないものをとても推奨しているかのように振る舞うことがある。それは会社の一員として利益を追求するためだったり、人間関係を円滑に進めるためだったり、社会生活を成り立たせるために止むを得ず発生する。人間は意外と〈思っていない〉ことを言っている。...