街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。連載の詳細はこちら

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鈴木ジェロニモの「耳の音」#61「怪我した部分を庇っていた」

 

 友人が腕を怪我した。左腕の前腕部分。病院に行くと打撲と診断され、湿布を貼るなどしながら数日過ごす。全治2週間と言われたが痛みの収まりは意外と早く、1週間くらいで回復の兆しが見える。何だ全然軽いじゃん、と思ったところで、ぶつけてはいないはずの上腕三頭筋あたりに痛みを覚え始める。そっちの痛みの回復を含めるとちょうど2週間程かかり、やっぱりお医者さんの言うことは正しかった、と友人は述懐する。

「怪我した部分を庇っていたってことだと思うんだよね」。友人の話になるほど、と共感しつつ、もしかして、とも思い浮かぶ。体がそうであるように、心もそうなのではないか。

 例えば仕事において、もしくは日常生活でも、自分が本心からは推奨していないものをとても推奨しているかのように振る舞うことがある。それは会社の一員として利益を追求するためだったり、人間関係を円滑に進めるためだったり、社会生活を成り立たせるために止むを得ず発生する。人間は意外と〈思っていない〉ことを言っている。

 思ったかどうかより、伝わるかどうかを優先して、人は他者へ向けた言葉を選ぶ。そのとき、人の心は心どおりに動いていない。心は〈思った〉方向へ動きたい。しかし他者や社会と関わる場合、心を〈思っていない〉方向へ無理矢理動かすことがある。動かして、そっちに動いたことにする。そして心が心を庇う。だから突然痛みが来る。

 私より遥かに社会的な意味で素晴らしい友人が私を羨むことがある。皮肉かと疑うとそうではないようで、私は私の幸せを向いたように、君は君の幸せを向いたんじゃないのかと一瞬困る。けれど、どうだろう。もしかすると彼の、彼らの日々には、〈思っていないことを言う時間〉が多いのかもしれない。

 私は思ったことしか言えなさすぎて、企業へ就職することを諦めた。お笑い芸人になりたいという感情は思ったことに含まれていて、なることができた。思ったことだけを言った「水道水の味を説明する」という動画は思ったことしか言ってなさすぎて珍しかったようで、本やCMや番組になった。

 ほとんど無意識下で勝手に育った〈思ったことしか言いたくない〉という感情は、もしかして私らしいのかもしれない。遅れて気がつき、思ったことだけを言おう行おうと細い溝を見つめ、体を余らせながら生きている。

 社会的に生きるとは、思っていないことを言うことで、個人的に生きるとは、思ったことを言うことだと思う。だから友人は私から見て社会的に逞しく、私は友人から見て個人的に逞しい。どちらが良いのかは本当に分からないし、私はどちらも良いと思う。

 近所のおばあさんに「今日は涼しいですね」と言われたが私は涼しいと思わなかったので、いやあ、ええ、はい、ねえ、としか言えなかった。声は全然出ていない。おばあさんは私に対して多分何かを諦めた。私の私にとって素晴らしい言動は私以外に素晴らしくない。

▼以下、写真2枚+キャプション▼

地球はカレーの二次創作
太陽は大きいピザ

【次回更新は2026年7月11日(土)正午予定】

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

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