街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。(連載の詳細はこちら)

正月なので帰省した。風呂に入る。父親が最初に入り、出て、母親にすぐ入るよう急かされる。んん、うーい、みたいな気の抜けた返事をする。すぐに入る意思はない、ということだ。どうしてか意思疎通ができて「ああそう、じゃあ先入ります」と母親が入る。
「もう寝ますから後はよろしくね、電気とかストーブとか」。ん、あい、あーい。ちゃんとはできないかもしれませんよ、と期待値をできるだけ下げるための返事。両親が寝室に向かい、リビングに私が一人残る。
でけーなー、と思いながらテレビを観る。深夜のお笑い番組。先輩が普通に出てる。スタジオの綺麗なセットが綺麗なセットだと分かるくらいの高画質。テレビ番組は人間が作っているということが鮮やかさによってむしろ明瞭に伝わってくる。テレビという手作りの美しい沼。みんな頑張ってるんだなあ、の気持ちが私の風呂への背中を押す。
浴槽の湯量が足湯程度の低さで面白い。自分でお湯を足してってことね、と理解する。お湯用の蛇口からぼぼぼぼぼと注ぎ、熱く高くなる浴槽の湯を自分の体を使って撹拌する。この動き。懐かしい。そのときふと、高校3年生の冬の体が訪れる。
ハモネプが好きだった。大学行ったらアカペラやりたいかも、とぼんやり思っていて、この風呂で、ボイパを練習した。音の跳ね返りが心地よくて、風呂の時間を長く楽しんだ。絶対聞こえていただろうに、家族から「ボイパしてる?」と尋ねられたことはない。奇妙だったんだと思う。いいから歌うんだよボイパするんだよ、と決定事項に間に合わせるように私の気持ちはまっすぐだった。
大学でアカペラサークルに入る。芸人になって「空耳ボイパ」というネタを作る。そのネタでテレビに出る。アカペラサークルの先輩だったバリカタ友情飯・松下さんに誘ってもらい芸人アカペラグループ「どるふぃんず」に入る。どるふぃんずで、ハモネプに出る。過去の奇妙な行動が今の私に繋がっていることの不思議。私の心は私にとっていつまでただしいんだろう。
帰り際、祖父母に挨拶する。はい、まあ、また来ますので。「太ってるねえ。運動しなさい」「太ってると、モテないよ笑」。はいはい、はーい。仏壇のひいばあちゃんに手を合わせる。どもどもども、ええ、まあ、はい。お互いね、やっていきましょう。拝み終わって目を開ける。そこにあるひいばあちゃんの遺影。いつ見ても「はい、やりなさい」という顔をしている。やりなさい。分かります。家族という奇妙な軍団に、恥ずかしいから適当に頭を下げて、私はもう一度東京へ向かう。
▼以下、写真2枚+キャプション▼
【次回更新は2026年1月17日(土)正午予定】
プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
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