(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 今夏、日本は東京オリンピックで史上最多58個のメダル(金27・銀14・銅17)、パラリンピックで51個のメダル(金13・銀15・銅23)を獲得し、スポーツ面で大きな成功を収めた。

 その強化プロセスにおいて選手たちをメンタル面から支えたのが、ハイパフォーマンススポーツセンターの国立スポーツ科学センター(JISS)心理グループだ。

 先任研究員の立谷泰久らはメンタルテスト「JISS競技心理検査」を開発し、選手のメンタル面の課題や弱点を抽出し、カウンセリングやメンタルトレーニングに活用。悩みを抱える選手の駆け込み寺的存在になった。

 その貢献度を数値化するのは難しいが、選手が安心して五輪に臨める環境をサポートしたことは間違いない。

 サポートで活用されたメンタルテスト「JISS競技心理検査」を起点に、根性を紐解く。

立谷泰久(たちや・やすひさ)1970年生まれ。ハイパフォーマンススポーツセンターの国立スポーツ科学センター 心理グループ研究員。研究分野はスポーツ科学。研究キーワードは心理的競技力、メンタルトレーニング、スポーツ心理学。そのほか、日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士、日本スポーツ心理学会理事(資格委員会委員長)、日本スポーツメンタルトレーニング指導士会会長などを務める。

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(木崎伸也:スポーツライター)

メンタルに時代性は「ない」

──立谷先生は五輪選手のために、「JISS競技心理検査」というメンタルテストを開発しました。これまで世界のスポーツ界には、どんなメンタルテストがあったんでしょう?

 海外にも心理検査はたくさんあり、いくつか日本語の翻訳もされているのですが、競技場面で国内で一番有名なものは、九州大学の徳永幹雄先生グループが1980年代後半につくった「心理的競技能力診断検査(DIPCA)」です。

 スポーツにおいて精神力が大事と言われますが、その精神力とは何なのか? それを徳永先生が中心となって研究し、12の因子を定義し、どの心理的要素をメンタルトレーニングで伸ばせばいいかを判定できるようにしました。

──日本ではDIPCAがスタンダードだったわけですね。

 そうです。ただし、国立スポーツ科学センターに五輪出場選手や五輪候補選手が来る中で、DIPCAではそぐわない面があることがわかってきた。

 そこで新たに「JISS競技心理検査」を開発したんです。

──何がそぐわなかったんですか?

 DIPCAで国体選手と五輪選手のデータを比較したときに、五輪選手の方がスコアが低く出る項目があったんです。点数が高いほど心理的能力が高く、競技力と相関する定義だったので、矛盾している結果になったんです。

 たとえば「勝利意欲」の項目が、五輪選手の方がスコアが低かった。これはサポートしていても感じることなんですが、勝ちたいという思いを強く持ちすぎると、本番でいいパフォーマンスをできないことがある。

 もちろん練習で「なにくそ」と思ってやるのは大事だと思うんですが、試合になったときに「勝ちたい、勝ちたい」となると、力みが出たり、過度な緊張につながってしまう。五輪レベルの選手は、それを知っているんだと思います。

──時代の変化でアスリートのメンタルが変化し、DIPCAが当てはまらなくなった可能性はありますか?

 時代によってアスリートのメンタルが変化したとは感じていません。

 1964年東京五輪の際、自国開催でプレッシャーを感じるだろうということで、選手たちの心理面の対策が行われました。

 そのひとつ『根性養成の方法』を読み返すと、現代におけるメンタルトレーニングの考え方とそう大きく変わっていません。

(写真:AP/アフロ)

──1964年東京五輪のために考えられた『根性養成の方法』とは?

 5つあります。1つ目は具体的な目標を持つこと。「根性は目標実現への強い意志であり、明確な目標を持たせることが第一に必要である」というふうに書かれています。

 2つ目は計画の実行。「ハードトレーニングで極限状態に追い込む計画をしたら、どのように条件が変化しても予定通りに実行する」。

 3つ目は先人たちからの学び。「他の分野の一流人の物の考え方、苦心談などを聞いたり、かつての一流選手の練習法や生活との関連における悩みとその解決法などを聞いたりする」。

 4つ目はリラクゼーション。「座禅や自律訓練法などによって、精神集中を図ったり、精神の安定を確立したりする」。

 5つ目は第三者の力を借りて心理療法を行う。「精神的な不安や焦りなどを除去し、緊張を解消させるために心理療法的リラクゼーションの場を設ける必要がある」。

 目標の大事さとか、1回決めたことは貫き通すとか、リラックスは大事ですよ、という内容で、現代の考え方とそう大きく変わらないですよね。

──では本題に入り、「JISS競技心理検査」について教えてください。DIPCAと何が違うのでしょう?

 オリンピック選手へのインタビューに加え、全国ベスト8以上の選手約500人を対象にアンケート調査をして新たな検査項目を完成させました。ただ、DIPCAも非常によく作られていて良い面があるので、一部似たような項目が残っています。

 DIPCAになかった点だと、「一貫性」や「客観性」「自己分析力」が新しく項目に加わりました。調査の結果、自分の考えを貫くことや、自分を客観的に見たり分析する能力が大事だとわかったからです。

 あとは「生活管理」。睡眠や栄養といった生活面の管理をきちんとできているかを、新しい要素として取り入れました。

(公式HPより引用:大修館書店発行)

──項目を書き出すと、「自己コントロール」、「集中力」、「イメージ」、「自信」、「一貫性」、「自己分析力」、「客観性」、「目標設定」、「モチベーション」、「生活管理」の10項目があります。具体的にはテストをどう使うのですか?

 各項目についての質問に5段階評価で答えてもらい、点数を出します。点数が低い項目が伸ばすべき能力です。

 カウンセリングでは、「検査結果は合っていると思いますか?」ということも伺い、強くしたいと思っている要素はどれかとか、この部分を伸ばせるようにメンタルサポートを行っていきましょう、といった話をしていきます。

──テストを使って、自分の弱点と向き合うわけですね。

 おっしゃる通りです。誰しも自分の弱点とか弱い部分は見たくないですし、見えにくいですよね。僕たちのサポートを希望する選手は、それをどうにかしようと思って来ている。

 だから僕たちのところに来た選手には、最初に「(相談するには)ハードルがあったと思いますが、よく来られました。第一歩を踏み出したのは素晴らしいことです」と伝えます。

 やっぱり体力測定を受けるのと、心理検査やメンタルサポートを受けるのとでは、抵抗感が違う。その一歩を踏み出せるかは、すごく大きなポイントだと思います。

「自信」を育む2つのアプローチ

──テストを使って選手がどう変わったかを教えてください。

 たとえば、先ほどあげた「一貫性」についてです。テストに一貫性という項目を入れた背景には、「競技哲学を持つことが大事」という考えがあるんですね。

 僕の師匠がよく言っていたのは、「トップアスリートになるためには哲学が必要だ」と。

 哲学といっても小難しいことではなくて、「自分はアスリートとしてどうなりたいのか。どうしたいのか。その答えをまずつくりなさい」と師匠がよく言っていた。

 この仕事を始めて約25年経ちましたが、まさにその通りだと思います。

──哲学を持つとは、「自分がどうなりたいかの像を明確に描く」ことでもあるんですね。

 もともと持っていて、絶対に五輪に出る、プロ選手になると、幼い頃からずっと思い続けている選手も稀にいると思います。

 一方、トップアスリートの中には、指導者から言われる通りやり続けたらここまで来た、という選手が一定数いる。あるときふと「なぜこの競技をやっているんだろう」とわからなくなってしまうことがある。

 そのときに答えを見つけられないと、本当の意味でのトップアスリートにはなれないと思います。

(写真:千葉 格/アフロ)

──「一貫性」に関する質問は、どんなものがありますか?

 【人や雰囲気に流されず、自分に必要な行動を取ることができる】、【人からたくさんアドバイスされても自分はこうだと貫き通すことができる】といったものがあります。

 トップアスリート、特にプロ選手がそうなのですが、まわりに複数の指導者がいることが多い。指導者ごとに違うことを言われると、何が正解かわからなくなってしまう。そのときに自分の哲学、軸があれば、これは必要だ、これはいらないと取捨選択をできる。

──ある意味、捨てる力ですね。

 やってみた後に、ちゃんと捨てられる。いらないと言える。その強さが大事だと思います。DIPCAにはそういった項目がありませんでした。

──「JISS競技心理検査」の10項目の中で、根性はどこに関係してきますか?

 どれがと言うのは難しいんですけど、全般的に関係していると思います。僕は個人的に、根性に対して悪いイメージは持っていないです。

 僕たちの先生の中で、こう表現する人がいます。「メンタルトレーニングというのは、科学的に根性をつけるものだ」と。

 根性をつけるために科学的なメンタルトレーニングをやってみてください、という言い方は悪くないと思います。

──どんなメンタルトレーニングで根性をつける?

 1つではなく、総合的なアプローチです。具体的な目標を持つ、リラックスの方法を持つ、集中力を高める、不安や緊張を取り除く、といったことです。

(公式HPより引用:大修館書店発行)

──あえて追い込んで、根性をつけるメンタルトレーニングはありますか?

 指導者がきついトレーニングをさせることに関して、体のことを考えたら意味があるのか、科学的なトレーニングをさせろという意見が、ときどき出ると思います。

 ただ、メンタルだけのことを考えたら、何かをやり遂げた、成し遂げたということに関して、意味なくはないんじゃないかと考えています。

 意味があるとまでは言っていいかわからないですけど、これだけのことをやり遂げたということは、自信という意味では大事なので。

 アメリカにアスリートの自信の研究で有名なRobin S. Vealeyさんという方がいて、自信をつけるために大事なことが2つあると言っています。

 1つ目は、困難なもの(厳しい練習・トレーニングなど)をやり遂げた実績。やり遂げないと自信はつかないんですよね。僕も「やることをやってないと自信はつきませんよ」と選手との面談でも言っています。

 2つ目は、成功体験の積み重ね、そして、それを振り返ること。選手との面談では、過去の成功体験をしっかり振り返り、そのうえで小さな成功体験を少しずつ積み上げていこうと伝えます。

──追い込む練習に意味がないという論調がありますが、自信を得る目的だったら、十分に科学的に意味があると。

 あるんじゃないでしょうか。たとえば、あるアスリートが言っていたのは「重要な試合の前に寝られず、一睡もできなくて当日を迎えた。でもやるしかないと思って臨んだら、なんとかなって自信になった」と。

 困難な状況を乗り越えた経験は、自信になっていく。

 アメリカでは、アスリートが軍隊に行き、軍隊の過酷なトレーニングを経験することがあるそうです。これだけのことをやったのだからと自信になる。

──東工大の小谷泰則先生に聞いたところ、自己肯定感が高まると疲れづらい体になるという研究があるそうです。根性練は問題も多く、そのままでは現代に当てはめられないと思いますが、バージョンアップさせるとしたら何が大事になるでしょうか?

 指導者からやらされてやるか、自分からやるかの違いは大きいかと思います。

 やらされて嫌々やっていると、ネガティブな思いが生まれる。一方、これをやり遂げれば、この先に自信が得られるんだというものであれば、ポジティブになりえる。

 追い込む練習の意味を、指導者がきちんと説明して、アスリートが理解できればいいのかもしれないですね。