(写真:Christian Fidler/アフロ)

(木崎 伸也:スポーツライター)

 日本スポーツ界で時代遅れになりつつある「根性練」には、脳科学の視点で見ると、自尊心を高められる可能性がある——。

 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の小谷泰則助教(研究分野:生理心理学、脳科学)の前回のインタビューで、そんなことがわかった。

 小学時代は根性練で全国4位になったが、サッカーなんかやりたくないという気持ちになった。高校時代は自主性を重んじられる環境で県3位になり、とても楽しかった。

 大学時代の根性練では花開かなかったが「あのときの厳しい練習が研究者として生きている」と話す。

 ハイパフォーマンスを出す方法と、感情に矛盾がある。指導者は、どうすればいいのか? 本当に根性練は必要なのか?

小谷泰則(こたに・やすのり)1966年生まれ、山口県出身。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 助教。筑波大学大学院体育研究科体育方法学専攻修了後、東京工業大学工学部(当時)に着任。一般教養保健体育の指導に当たる。1998年、東京都立大学理学研究科生物学専攻修了。博士(理学)。著書に『これからの健康とスポーツの科学』(講談社サイエンティフィック・分担執筆)など。

古いタイプの指導者が正しかった

──厳しく追い込む、自主性に任せる。「指導者としてはどっちがいいのか」は難しい問いだと思います。研究されてきた中で見えてきたものはありますか。

 そうですね。まさにそういった問いに答えるために、やる気ってどういうメカニズムなんだろうと思い、日々研究をしています。

 実は最近、ふと誰かが小学生のときの監督に『会いに行こうぜ』と言い始めたんです。半数以上は『感謝の気持ちなんてない』と言って来なかったんですが、10人未満で実際に会いに行きました。

 40年以上ぶりだったんですが、会ってみたら、こんなにおもしろいおじさんだったのかと。

 すごく情熱家で、この人から殴られないサッカーを習いたかったなと。殴られずにあの練習をやっていたら、よみうりランド中から相手に対する歓声が起こっても自分たちで声をかけあい、準決勝を勝てたんじゃないかなって思ってしまいました。

——小学生のときは体罰の指導で全国4位。高校生のときは自由な指導で県3位。両極端の方法で結果を出した経験をされていますよね。

 今、僕は地元のオーバー50(50歳以上)のサッカーリーグでプレーしているんですが、殴られないサッカーはこんなに楽しいのかと。ほぼ毎日、仕事の合間にトレーニングをしたくなる。

 自分で意識しているのは、記録をつけること。トレーニング時の心拍数などはアップルウォッチが記録してくれるので、加えてサッカー日誌をつけている。

 小さい成功体験を書くんです。トレーニングでうまくいったことを記述して、それを試合前に読み返す。

 学習というのは、スモールステップの法則で少しずつ負荷を上げていくのが原則。小さい成功体験をできるだけ記録して、トレーニングの効果がここに出たというのを『報酬』として感じることを心がける。

(写真:松尾/アフロスポーツ)

 人間は報酬で動いている。モチベーションは体の状態の影響を受ける。なのでコンディショニングが大事です。

 お酒を控え、睡眠時間をきちんと取る。そのために仕事量をどうやって調整するか。仕事の取捨選択をして、1時間あたりの仕事量を上げる。すべておじさんサッカーにつながる生活をしています。

——これからの時代は、指導者は自尊心を育てることを意識すべき?

 子供や10代は自尊心を育むことができる年代なので、自尊心を育てる指導ができたら素晴らしいと思います。

 よく僕が言うのは、他者比較はしないようにしよう、ということ。

 自分より優れた人のプロフィールを見たときの脳を調べると、痛みを感じるところが活動しているんですね。

 一方、自分より優れた人が失敗したのを見たときの脳を調べると、報酬系という喜びの中枢が活動している。

 脳には相手が失敗すると喜び、相手が成功すると痛むという性質があるので、そもそも他者比較自体をしない方がいい。

——昔成功して今古いと言われているやり方が、脳科学の視点に立つと意外に根拠があることがわかり、驚かされました。

 この脳研究をやっていて、一番がっくりしながらおもしろいと思うのが、僕を散々殴ったあの監督が言っていたことが正しかったんだと気づかされる瞬間。

 小学校のときの監督は、ドリルが重要だと言い、同じ動作を何度もさせられた。

 2億円の機械で調査してわかったのは、結局、古いタイプの指導者が言っていることが正しかったということでした。

——どう正しかったのですか?

 スポーツ科学者は効率的な練習方法を見つけたい、少ない時間で高い効果を上げる練習を見つけたいという根本的な動機があると思うんです。

 結局、脳は刺激の頻度回数に反応するので、やはりどんな練習でも回数をこなさないといけない。

 繰り返し学習すると、パフォーマンスが磨かれ、さらに脳の中でこれをすると次に何が起こるかという予測も向上されていく。

 やはり繰り返すことが重要なんですよ。

 だけど、現代の若い選手や外国人選手は、飽きるような練習をするとすぐにやめる傾向がある。飽きずに繰り返しをさせられる指導者のメソッドが、もっともっと重要になっていく。

 指導者の方たちには、脳科学のハウツー本で構わないので、人間の脳がどうなっているのかを理解したうえで指導にあたって欲しいと、個人的に感じています。

 日本スポーツ界で時代遅れになりつつある「根性練」には、脳科学の視点で見ると、自尊心を高められる可能性がある——。

 今回のインタビューで、そんなことがわかった。

 しかし同時に、小谷は根性練への警告も忘れなかった。

 「体が疲れていても、根性でがんばるというのは非常に重要なことなんですが、過度にそれをやりすぎると、特に10代、20代前半のときにやりすぎると、その後の心理的トラブルにつながる可能性がある。脳のメカニズムの観点からそう推論できます」

 根性練はどんな心理的トラブルを引き起こすのだろう?

脳科学から見る「根性」の功罪

——小谷先生は脳のネットワークの研究をされていますね。

 もともと脳科学の分野では、脳のどこが活動するかが研究されていましたが、脳のいろんな場所が共同してネットワークとして働いているということがわかってきて、脳のネットワークの研究が盛んになっています。

 何千というネットワークがあるんですが、その中に3つ重要なネットワークがあります。

『デフォルトモードネットワーク』、『中央実行ネットワーク』、『顕著性ネットワーク』の3つです。

——脳の個々の領域が独立して動いているのではなく、いくつかの領域が結びついて機能が生まれているというわけですね。

 1つ目の『デフォルトモードネットワーク』は、わかりやすい名前で言えば、『ぼーっとネットワーク』。特に何もしないで、ぼーっとしているときに働いているネットワークで、ひらめきをもたらしたりします。

 2つ目の『中央実行ネットワーク』は、いわば『集中ネットワーク』。集中するときに働くネットワークです。たとえば文章を書くといった課題に集中するときに活動します。

——ぼーっとしているとき、集中しているときに働くネットワークというのは、イメージしやすいです。

 3つ目の『顕著性ネットワーク』は、簡単に言うと『検知ネットワーク』。体の内外から、重要な情報を検知するネットワーク。

 スタンフォード大学のメノン教授の研究により、検知ネットワークはいろんな情報を検知し、ぼーっとしている状態と、集中している状態の切り替えを行なっているとされています。

 

——体の情報を検知しているネットワークが、「ぼーっと」と「集中」を切り替えているわけですね。

 メノン教授たちはこの検知ネットワークにおいて、脳の『島皮質』(とうひしつ)という部分が重要な役割を担っていることも明らかにしています。

 ここからは仮説なのですが、『検知ネットワーク』は島皮質を通して体の状態をモニターして、疲れていると『ぼーっとネットワーク』に切り替え、体の状態がいいと『集中ネットワーク』に切り替える——そういう仕組みになっているのではないかと私は考えています。

——疲れているか、疲れていないかを島皮質がチェックして、脳のネットワークを切り替えていると。

 ただし、島皮質は、前頭葉という意思と関係する領域から抑制を受けている。

 体がどんなに疲れていても強い意思があると、本当はぼーっとネットワークへ行きたいのを無理やり集中状態に持っていく、ということができるわけです。

 

——意思が体に勝つ。まさに根性ですね! 脳科学の視点に立つと、根性を出している状態は、前頭葉が島皮質を上回っている状態と言える可能性があるわけですね。

 話をまとめると、脳のメカニズムとして疲れているとぼーっとさせるし、体の状態がいいと集中させるようにする。だけども疲れていてもやらなきゃいけないときは、前頭葉から抑制をかけて集中に持っていける。

 重要なのは『ぼーっとネットワーク』と『中央実行ネットワーク』は生まれながらに持っているのですが、『検知ネットワーク』は体とともに発達するネットワークということ。

 高校の部活で選手が疲れていても、監督が『根性出せ』と怒って強引にやらせることがあると思います。しかし、10代で発達する『検知ネットワーク』に無理やり抑制をかけると、心理的な発達の阻害に関係する、と私は考えています。

 体が疲れていても、根性でがんばるというのは非常に重要なことなんですが、過度にそれをやると、特に10代、20代前半のときにやりすぎると、その後の心理的トラブルにつながる可能性がある。脳のメカニズムの観点からそう推論できます。

 無理にやればやるほど燃え尽き症候群になることが多いので。そこは気をつけないといけません。

サッカー日本代表の権田修一は、2014年にオーバートレーニング症候群に陥った(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「根性練」には、脳科学の仮説から考察すると、自尊心を高められるメリットがあるが、過度にやりすぎる脳のネットワークの発達を阻害するデメリットがある——。

 つまり根性練は日本スポーツの武器になるが、使用法を間違えれば重大な欠点にもなる。求められるのは、根性練の現代に合わせたバージョンアップだ。

 そこには「東洋の魔女」の大松博文監督が持っていたクリエイティビティや、テクノロジーによる計測やフィードバックが欠かせないだろう。

 本連載では「モダンな追い込み方」を、いろいろな視点から追い求めていきたい。