街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

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【過去の記事を読む】鈴木ジェロニモの「耳の音」 記事一覧

 

 

「やさしい世界コレクション」という企画に新作短歌を一首寄稿し、それのレセプションがあるというので参加させていただいた。渋谷から原宿方面に歩き、エリックサウスがあるところだ、と思うちょうど同じ建物に、会場となるシーシャカフェ&バー「musch」がある。

 エレベーターで上がり、入店。チル、と言って差し支えない間接照明的明るさに迎えられ、チルだ、と思う。「ジェロニモさん、ありがとうございます」。やり取りしてくださっていた担当の方がすっと現れ、丁寧に案内していただく。「早速なのですが、こちらに」。入ってすぐのレジ横の壁に、あった。私の短歌だ。

〈ありのままでいられることば〉という今回のテーマを私なりに解釈して作った。が、私なり過ぎたらどうしよう、とチル的空間との折衷を不安がる自分もいた。しかし壁に置かれた私の短歌は堂々と、それでいてフォントや配置は統一感のあるデザインで、溶け込んでいるし存在感もある。良い。

 安堵して席へ向かう。店内を奥へ進むと、囲炉裏みたいな円卓がある。その真ん中に、火。本物の火がさわさわ燃えている。火だ。そう思ってしばらく見る。私の後ろに何組かお客様がいらっしゃって、店員さんはそちらの案内に向かう。お客様たちが私の視界に入る。若い。しかし落ち着いていて、イケている。何らかの恋愛リアリティーショー(恋愛リアリティーショーという名前すごい)に出ていましたと言ってくれたらむしろ食い気味に信じるくらい、渋谷・夜・シーシャを体現した佇まい。そういえば、と周りを見渡すとどの席にもそのような若くてイケている人たちが座っている。そして彼らがチル。目の前に火。私こんなところに居ちゃっていいんでしょうかと半笑いで降りそうになった瞬間、一つの仮説が浮かんでくる。

 今この場所にいる人たちが店にあるものとして目にするのは火と、私の短歌を含む寄稿された言葉たち。言葉は白い壁に黒い文字で書かれている。黒は、焦げや灰や煤に近い。白いところに、黒く干渉する。新しいノートに文字を書き尽くす喜びには、ほんの少しの背徳感がある。字を書いた紙は、煤けているのと同じ状態。ともすれば字を書くことは、最も安全な放火行為と言い換えられる。もしかして言葉とは、火のメタファーなのではないか。

 焚き火を眺めていると話したくなるのはなぜだろう。...