アート鑑賞をもっと楽しみたい方、独学から一歩踏み出して「本物の知性」に触れてみたい方へ。
NHK『3か月でマスターする西洋美術』でも話題の田中久美子教授(文星芸術大学)が、普段美大の講義で伝えている最先端の西洋美術史をわかりやすく体系化してお届けするコンテンツが始まります。
ラスコーの洞窟壁画や古代ギリシャ彫刻から、ルネサンスの三巨匠、そして20世紀の現代美術まで——。 単に作品を鑑賞するだけでなく、当時の文化・社会・時代の「網目」をひもときながら多層的に徹底解説。誰もが知る名画の隠された文脈や、美術史を語る上で欠かせない重要作品の魅力を余すことなく紐解きます。
一度学んだ方の「学び直し」はもちろん、次の美術館めぐりが何倍もワクワクするものに変わるでしょう。
古代美術の歴史は、人類が祈りを込めて動物を描いた洞窟壁画に始まり、死後の永遠を求めたエジプト美術、理想の人体を追究したギリシャ美術、巨大帝国ローマが築いた建築と都市、そして信仰を形にした初期キリスト教美術へと大きく進化していきました。彫刻や絵画、建築などの代表作を鑑賞するだけでなく、時代背景や宗教、思想とともに古代美術を読み解き、西洋美術の礎がどのように築かれたのかを探っていきます。
ミラノ勅令前のキリスト教とカタコンベ
中世に花開くキリスト教美術は、古代末期にその萌芽が見られました。しかし、紀元313年、コンスタンティヌス大帝が宣言した「ミラノ勅令」によってローマ帝国内におけるキリスト教が公認され、信仰の自由が認められるまで、キリスト教の弾圧と迫害が繰り返されていました。そのため当時の遺跡や遺品はわずかしか残っていませんが、ローマの支配権の弱かった辺境には、土着文化に育まれたキリスト教の共同体が早くから点在していました。
紀元4世紀頃までは国内のいたるところにキリスト教徒は存在しており、大都市にはキリスト教建築があったことは間違いありませんが、現存しているものはありません。礼拝を目的として建立された会堂も紀元300年頃まではありましたが、これらも残っていません。多くは「私宅聖堂(ドムス・エクレシアエ)」といって、裕福な個人の邸宅の広間を信徒の集会に用いていました。
ローマ帝国の東端ドゥーラ・エウロポスの町(シリア)には、「キリストの家」と呼ばれる建物があり、ローマ建築の典型的な住宅を聖堂に改造したものでした。紀元256年以前に建てられたもので、壁に壁画の一部が残り、水槽設備(洗礼槽)が設けられている部屋があったことから、この部屋が洗礼室だと考えられています。
紀元256年頃、ササン朝ペルシャの襲撃に備えて城壁を補強するため、城壁沿いの住宅や街路が土砂で埋められました。そのため、この一帯の建物が良好な状態で保存されることになりました。1920年〜30年の発掘によって発見された住宅の中に「キリストの家」がありました。現存する最古級の私宅聖堂の発見は、初期キリスト教美術・考古学研究にとってきわめて重要でした。残念ながら2011年から始まったシリア内戦によって現地の遺跡は武装勢力の支配下に置かれ、ほぼ全区画にわたり組織的な盗掘が行われてしまいました。
当時のキリスト教徒たちの埋葬の場として機能したのがカタコンベ(地下墓地)でした。ローマでは「火葬」が主流でしたが、紀元2世紀、ハドリアヌス皇帝の統治期頃から次第に「土葬(埋葬)」へと移りました。とくにキリスト教では世界の終わりにすべての人が「肉体を持って復活する」と信じられていたため、土葬が選ばれました。
弾圧の時期でも墓地の所有や葬礼は認められていたので、キリスト教徒のカタコンベが破壊されることはありませんでした。紀元2世紀末〜4世紀後半、ローマ市街に続く街道沿いに多くのカタコンベが造られ、現在、ローマには70以上のカタコンベが存在しています。カタコンベは火山性凝灰石の土地を切り開いた地下に、蟻の巣のような網目状の道を掘り、その両側に何層にも墓穴を掘ります。貧しい者たちは通廊の壁に水平に掘られた横穴(ロクルス)を買い、富裕な家族は墓室(クビクルム)を掘らせました。ロクルスの大きさは体のサイズに合わせてさまざまで、乳児用の小さなものもありました。
古代アッピア街道沿いにあるドミティラのカタコンベは、紀元2世紀頃から建設が始まり、紀元4世紀にかけて段階的に拡張されました。最初の地下墓所は古代ローマの皇帝一族の女性フラウィア・ドミティラが所有していた私有地に作られました。紀元2世紀〜3世紀、キリスト教徒のコミュニティが拡大するにつれて、地下のトンネル網が上下4層にわたって大規模に掘り進められ、総延長15kmにも及ぶ迷宮のようなトンネルになります。ここには初期キリスト教時代の貴重な壁画が数多く残されています。
キリスト教がローマ国教になってからは、殉教者聖ネレオと聖アキレオを祀る半地下式の聖堂が敷地内に建てられました。
カタコンベの壁画
ここからはキリスト教美術の原点である、カタコンベの壁画について紹介していきましょう。キリスト教徒たちは死後の魂の救済を願い、カタコンベの天井や壁の漆喰の上に絵を描きました。異教徒の目をごまかすため、それらには古代ギリシャ・ローマの伝統に連なる同時代の異教美術から借用したモティーフが多くみられます。
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