アート鑑賞をもっと楽しみたい方、独学から一歩踏み出して「本物の知性」に触れてみたい方へ。

NHK『3か月でマスターする西洋美術』でも話題の田中久美子教授(文星芸術大学)が、普段美大の講義で伝えている最先端の西洋美術史をわかりやすく体系化してお届けするコンテンツが始まります。

ラスコーの洞窟壁画や古代ギリシャ彫刻から、ルネサンスの三巨匠、そして20世紀の現代美術まで——。 単に作品を鑑賞するだけでなく、当時の文化・社会・時代の「網目」をひもときながら多層的に徹底解説。誰もが知る名画の隠された文脈や、美術史を語る上で欠かせない重要作品の魅力を余すことなく紐解きます。

一度学んだ方の「学び直し」はもちろん、次の美術館めぐりが何倍もワクワクするものに変わるでしょう。

 

*第1章「古代」は、10回でお届けします
 古代美術の歴史は、人類が祈りを込めて動物を描いた洞窟壁画に始まり、死後の永遠を求めたエジプト美術、理想の人体を追究したギリシャ美術、巨大帝国ローマが築いた建築と都市、そして信仰を形にした初期キリスト教美術へと大きく進化していきました。彫刻や絵画、建築などの代表作を鑑賞するだけでなく、時代背景や宗教、思想とともに古代美術を読み解き、西洋美術の礎がどのように築かれたのかを探っていきます。

 

パイオニオス《ニケ》紀元前420年頃 高さ210cm 大理石 オリンピア考古博物館 パオロ・ヴィラCC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

動きを重視し、装飾性を追求した豊麗様式

 盛期クラシック期の後の豊麗様式を紹介する前に、まずはこの時代の出来事について少し解説しましょう。

 アテネの勝利で終結したペルシャ戦争後の紀元前478年、ペルシャの再来に備え、アテネを盟主として「デロス同盟」が結成されます。同盟の名は当初共同金庫が置かれ、神聖な聖域として集会が開かれたデロス島に由来しています。エーゲ海周辺の約200のポリスが加盟したこの同盟によって、アテネは次第に同盟を支配し、帝国化していきました。同盟から脱退しようとしたポリスは軍事的に鎮圧され、内政干渉も行われます。

 アテネの覇権拡大を警戒したスパルタを中心とするペロポネソス同盟とアテネの間で、紀元前431年、「ペロポネソス戦争」が勃発します。紀元前404年、アテネはスパルタに降伏し、デロス同盟は事実上解体しました。しかし、紀元前395年にはテーベ、コリントス、アテネの連合軍がスパルタと戦争になります。紀元前386年、ペルシャの介入により停戦しますが、その後もポリス間の対立抗争が繰り返されました。ポリスを基盤とした伝統的な価値観は崩れ去り、人々は個人の感情や内面を重視する傾向になります。

 美術史ではこの紀元前430年頃〜前380年頃までの美術様式を豊麗様式(ポスト・フェイディアス時代)といいます。先に紹介したフェイディアスらによって完成された彫刻美術の規範を外れ、調和や静謐よりも動きを重視し、過剰なまでの装飾性の追求を特徴としています。その代表的な例が女性像における表現です。身に纏った薄い衣が強い風に吹かれたように豊満な肉体にまとわりついている表現や、複雑な襞を織りなす甘美な表現は、卓越した職人たちの丁寧かつ華麗な技術によって生み出されたものです。

 パイオニオス作《ニケ》は豊麗様式を代表する作品です。作者のパイオニオスは紀元前5世紀後半に活躍したトラキア出身の彫刻家です。オリンピアのゼウス神殿近くで発見されたこの像は、ペロポネソス戦争での勝利を祝して作られ、ゼウスに捧げられたと伝わります。ギリシャ神話に登場する翼を持つ勝利の女神ニケが舞い降りる姿で、ニケの体にぴったりと沿う衣服の襞は、背後で大きくたなびいています。

 もう1作、豊麗様式の彫刻を紹介しましょう。《サンダルの紐を解くニケ》も女神ニケを描いており、アクロポリスの「アテナ・ニケ神殿」を囲んでいた欄干の浮彫彫刻でした。

《サンダルの紐を解くニケ》紀元前410年頃 高さ約95〜101cm 大理石 アテネ、アクロポリス美術館 ニコス・キツァキスCC BY 4.0 via Wikimedia Commons

 片足を上げてサンダルの紐に手をかけるという日常的で無防備なポーズの女神ニケは、神聖な存在でありながら、極めて人間らしい表現になっています。ここから神々を人間と同じように描こうとした古代ギリシャ人の視点が窺えます。

 また、女神の体にぴったりと張り付くような薄い衣の表現は見事で、衣服の下の女性らしい肉体の丸みや健康的な美しさを強調しています。このような豊麗様式の傾向は、次の後期クラシック様式に一層顕在化していきます。

 

後期クラシック期の三大彫刻家

 紀元前380年〜前323年頃を後期クラシック期といいます。まず当時のギリシャの歴史背景から見ていきましょう。

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