アート鑑賞をもっと楽しみたい方、独学から一歩踏み出して「本物の知性」に触れてみたい方へ。

NHK『3か月でマスターする西洋美術』でも話題の田中久美子教授(文星芸術大学)が、普段美大の講義で伝えている最先端の西洋美術史をわかりやすく体系化してお届けするコンテンツが始まります。

ラスコーの洞窟壁画や古代ギリシャ彫刻から、ルネサンスの三巨匠、そして20世紀の現代美術まで——。 単に作品を鑑賞するだけでなく、当時の文化・社会・時代の「網目」をひもときながら多層的に徹底解説。誰もが知る名画の隠された文脈や、美術史を語る上で欠かせない重要作品の魅力を余すことなく紐解きます。

一度学んだ方の「学び直し」はもちろん、次の美術館めぐりが何倍もワクワクするものに変わるでしょう。

 

*第1章「古代」は、全10回でお届けします
 古代美術の歴史は、人類が祈りを込めて動物を描いた洞窟壁画に始まり、死後の永遠を求めたエジプト美術、理想の人体を追究したギリシャ美術、巨大帝国ローマが築いた建築と都市、そして信仰を形にした初期キリスト教美術へと大きく進化していきました。
 彫刻や絵画、建築などの代表作を鑑賞するだけでなく、時代背景や宗教、思想とともに古代美術を読み解き、西洋美術の礎がどのように築かれたのかを探っていきます。

 

原幾何学様式のアンフォラ 紀元前950年~前900年 大英博物館

ギリシャ美術の根幹は陶器から誕生

 今回から4回にわたって古代ギリシャ美術を取り上げます。大きく陶器と大理石彫刻という、ふたつの流れに分けて解説していきたいと思います。今回は陶器について解説していきます。

 紀元1世紀に活躍した古代ローマ帝国の博物学者であり政治家、軍人のプリニウスは著書『博物誌』に、ギリシャ絵画は「人間の影の輪郭線を引いたことがはじまり」だと書いています。そして絵画の起源について、次のような伝承が記されています。

 古代ギリシャの陶工の娘が、遠い外国へ旅立つ恋人との別れを惜しみ、部屋のランプの光に照らされて壁に映し出された恋人の影をなぞって、輪郭線を引きました。これに娘の父親が粘土を押し当てて浮彫を作って焼成したことが絵画の始まりだというものです。この父親はコリントスで陶器工房を営んでいたシュキオン人ブタデスという人物だとされています。

 このように絵画のはじまりと深いつながりのある古代ギリシャの陶器画史について、時代を追ってみていきましょう。

 第1回で紹介したように、紀元前3000年頃〜前1200年頃、エーゲ海周辺においてクレタ島ではミノス文明、ギリシャ本土ではミケーネ文明が栄えました。しかしミノス文明は紀元前15世紀頃から大きく変容し、ミケーネ文明も紀元前1200年頃に滅亡してしまいます。その後、紀元前800年頃の「ギリシャ文明」誕生までの約400年にわたって、「暗黒時代」と呼ばれる時代に入ります。しかし、文化すべてがゼロになったわけではありませんでした。

 紀元前11世紀中頃の暗黒時代、同心円文や直線、曲線で装飾した陶器がアテネに出現しました。「文」とは文様を構成する最小単位で、「文」が組み合わさり、連続してできたデザイン全体が「文様」です。貧困な社会を背景とした質実な美術で、幾何学様式の陶器(古代ギリシャの土器は表面が硬く、光沢があるため、陶器といいます)や小型の青銅器が主でした。定規とコンパスを用い、シンプルですが陶器の形と装飾の間に調和をもたらすこの様式を「原幾何学様式(プロト・ジオメトリック様式)」といいます。

 紀元前900年頃には、直線を組み合わせた「幾何学文様」がより多様になります。下の写真のアンフォラ(2つの持ち手を持つ素焼きの陶製壺)は原幾何学様式に比べ文様が劇的に複雑化しています。首の部分や胴体中央の部分に、カギ型に折れ曲がるふたつの平行する直線を斜線で埋めた、連続模様が描かれています。これを「メアンダー」といってこの時代の最も象徴的な文様です。メアンダーとは小アジアを蛇行する大河マイアンドロスから命名され、メアンダーの上下や隙間には古代より吉祥や連続性を表す記号として使われた鉤形文様も見えます。

 人間は登場していませんが、計算のもとに器全体を文様で埋め尽くそうとする、幾何学様式の特徴がよく表れています。このような陶器が作られた紀元前900年〜前700年頃の200年間を「幾何学様式時代」と呼びます。

幾何学様式のアンフォラ 紀元前900年〜前850年 アテネ、ケラメイコス考古学博物館

 暗黒時代からようやく抜け、アテネで陶器様式が大きく変化した紀元前8世紀は「前8世紀のルネサンス」ともいわれました。各地に「ポリス(都市国家)」が次々と誕生した時代です。当時のアテネの陶器は「アッティカ陶器」と呼ばれました。

 幾何学様式時代後期(紀元前760年〜前700年頃)には単なる幾何学文だけでなく、鹿や水鳥の連続文や、馬や木を左右対称に配したり、人物が登場したりします。葬礼や戦闘の場面が描かれるようになり、高さが150cmを超える墓標用の大きな陶器も作られました。

《ディピュロン・アンフォラ》はアテネにあった墓地(ケラメイコス)で発見された巨大な壺で、当時の人々の葬儀の様子などが描かれています。

《ディピュロン・アンフォラ》紀元前750年頃 陶器 高さ155cm アテネ国立考古学博物館 ジョージ・E・コロナイオス CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

 このような幾何学様式時代はそれまでの抽象的な文様から、人間やストーリーを描くことへの大転換期で、神話の主題も描かれるようになります。しかし、描き方はまだ写実的ではなく幾何学的でした。

 

紀元前700年以降の陶器の美術

 地中海の東方では紀元前8世紀頃から力をつけたアッシリア帝国が、紀元前671年、エジプトも制して巨大帝国を築きます。これによりさまざまな美術が混ざり合い、ギリシャ各地には東方の影響を受けた美術が誕生します。この時代を「東方化様式時代」といいます。彫刻などではアルカイック期と呼ばれる時代です。陶器の文様は幾何学文に代わって、動物文や植物文、スフィンクスやグリュプス(グリフィン)といった空想上の怪物文などが登場します。

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