アート鑑賞をもっと楽しみたい方、独学から一歩踏み出して「本物の知性」に触れてみたい方へ。

NHK『3か月でマスターする西洋美術』でも話題の田中久美子教授(文星芸術大学)が、普段美大の講義で伝えている最先端の西洋美術史をわかりやすく体系化してお届けするコンテンツが始まります。

ラスコーの洞窟壁画や古代ギリシャ彫刻から、ルネサンスの三巨匠、そして20世紀の現代美術まで——。 単に作品を鑑賞するだけでなく、当時の文化・社会・時代の「網目」をひもときながら多層的に徹底解説。誰もが知る名画の隠された文脈や、美術史を語る上で欠かせない重要作品の魅力を余すことなく紐解きます。

一度学んだ方の「学び直し」はもちろん、次の美術館めぐりが何倍もワクワクするものに変わるでしょう。

 

*第1章「古代」は、10回でお届けします
 古代美術の歴史は、人類が祈りを込めて動物を描いた洞窟壁画に始まり、死後の永遠を求めたエジプト美術、理想の人体を追究したギリシャ美術、巨大帝国ローマが築いた建築と都市、そして信仰を形にした初期キリスト教美術へと大きく進化していきました。彫刻や絵画、建築などの代表作を鑑賞するだけでなく、時代背景や宗教、思想とともに古代美術を読み解き、西洋美術の礎がどのように築かれたのかを探っていきます。

 

紀元81年〜82年に建造されたローマのティトゥスの凱旋門 

凱旋門をはじめとするローマの名建築

 ローマを象徴する建築物に凱旋門があります。アウグストゥスが皇帝となってローマに平和がもたらされてからも辺境では戦いが続いていました。その戦勝を祝って盛大に行われる、戦利品を披露しながらの凱旋行進に市民は熱狂します。凱旋式の行列は市内を進み、やがて戦勝や皇帝・将軍の功績を記念して建てられた記念門を通りました。こうしたアーチ状の記念建造物が、いわゆる「凱旋門」です。凱旋門にはアーチがひとつのものと3連のものがあります。

 ティトゥスの凱旋門は紀元81年〜82年にかけて、兄ティトゥスのユダヤ戦争での勝利と死後の神格化を記念してドミティアヌス帝が、建立したものです。

19世紀にフランスのナポレオンによって建てられた「パリのエトワール凱旋門」は、この凱旋門をモデルのひとつにしています。

 アーチの内側には、ローマ軍がエルサレム神殿から略奪した7枝の燭台(メノーラー)や金のラッパなど、戦利品の浮彫が刻まれています。

エルサレム神殿からローマ軍が戦利品を運び出す様子を描いたティトゥスの凱旋門の浮彫

 ローマに現存する主要な凱旋門にはコロッセオのすぐ側にあるコンスタンティヌスの凱旋門(紀元315年建立)、フォロ・ロマーノの丘の麓に建つ、白大理石造りの「3連アーチ型」のセプティミウス・セウェルスによる凱旋門(紀元203年建立)があります。

 また、五賢帝のひとりトラヤヌス帝は、紀元106年、ドナウ川流域でのダキア戦争を終結させ、その戦勝を背景にトラヤヌス広場を整備しました。広場内には113年、トラヤヌス記念柱が奉献されます。記念柱に施された浮彫は、歴史浮彫の最高峰といわれています。高さ30m近い柱には、螺旋状に約200mに及んで2度にわたるダキア戦争の様子が描かれています。

トラヤヌス記念柱 Nikon Z7IICC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
記念柱に描かれたダキア戦争の激しい戦闘場面の浮彫

 ローマにはもうひとつ、五賢帝の最後のひとりマルクス・アウレリウスの記念柱も残っています。

 

市民の憩いの場の美術

 アウグストゥスの腹心でのちに娘婿となるアグリッパは、所有する広大な土地を市民のために整備します。ここに市民の憩いの場としてローマで最初の大規模な公衆浴場と、特定の神ではなく神話に登場するすべての神々を祀るパンテオン(万神殿)を建設しました。

 ヤマザキマリさんのマンガ『テルマエ・ロマエ』でよく知られるようになった古代ローマの大規模な公共浴場(テルマエ)ですが、アグリッパが作った浴場の広間などには絵や彫刻が飾られていました。リュシッポス《垢を落とす人》(第6回参照)の模刻像は、アグリッパの浴場の前にあったとされています。《ファルネーゼのヘラクレス》(第7回参照)は、3世紀初頭、第22代皇帝カラカラによって建設された「カラカラ浴場」に飾られていました。

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