渡部陽一が撮ってきた「戦場の写真」をベースに、争いの背景、現実とその地域の魅力について解説するコンテンツ、渡部陽一【1000枚の「戦場」】。今回は特別に、渡部氏の仕事部屋からリポート。戦場カメラマンとしての生き様を表した巨大な日記とは? 

文=シンクロナス編集部

 こんにちは。戦場カメラマンの渡部陽一です。

 今日は、戦場カメラマンとして駆け出しの頃からずっと長い間大切にしてきた日記をご紹介いたします。

これで検問も突破!? 重さ7kgの取材日記を公開!

 かなり大きいですが、これ実は日記なんです。大体7kgぐらいあるんですが、この日記を持っていつも戦場を駆け回っていました。

 

 この日記、最初は薄いノートだったのですが、書けば書くほど厚くなってきて。もうロープであったり、こうしたバンドで止めてないとはじけちゃうほどなんです。そして、これは僕の写真です。まだ20代ですね。

 

 こうして日記に様々な証拠や取材データを残すことによって、自分自身の気持ちや一日一日の動きが体の中に入ってくるんですね。日記を書くということが、僕にとって、取材の基本になるんです。

 今はインターネットがあって様々な情報交流ができるんですけど、今でも時によってはこのように一箇所だけを抜いて、このわずかな部分を実際、現場に持っていくことがあるんです。

 この日記、やはり大きくて目立ちます。もう、ロープで結ばないと運べないので、こうして運んでると検問に引っかかるんです。検問に引っかかった時に、逆にこの日記の中を見てもらうことで、すごく仲良くなって、検問がパスできたりするんですね。

 僕が撮った写真や、様々な思い出、記録。データであったり、住所であったり。コラージュのようになってるんですけど、一つ一つにびっしりといろんなことを書いてます。

 

 食べたもの、宿泊場所、価格、国境の越え方、プレスカードの取り方。取材工程の組み立て方、安い航空チケットの取り方、すべてがこの日記の中に詰まっているんです。

 僕にとっては、現代のようにインターネットの時代であっても、アナログである手書きの日記というものは、生きてきた証しであり、取材のまさに土台、根幹なんですね。

 世界の国々をこの日記とともに担いで動いていたので、現地の国の香りであったり、独特な色合いであったり、現地で手に入れた絵の具、現地で手に入れた木の皮を紙に貼り付けて描いてみたり。僕にとって、まさに生き様そのものが、この日記なんです。

30年間、戦場をともに駆け抜けた愛用バッグ

 今回はこの日記のほかにもうひとつ、取材へ持っていくものの一部を紹介したいと思います。

 それはこの取材カバンなんです。ハンプのような生地なんですけど、ダック生地でできたカメラ鞄の中にうまく荷物を詰めて、体に密着させて持っていきます。カメラバックとして大活躍している30年プレイヤーのカバンなんです。

 

 この中にはいろいろなものが入っているんですが、やはり戦場カメラマンの命の次に大切なカメラですね。

 状況にもよるんですけど、現場に行くときはだいたい6台のカメラを持って行きます。

 しかし、6台のカメラのレンズ交換をすることはないです。

 ワイドレンズはワイドのまま、ロングレンズはロングのまま固めて、レンズ交換せずに複数のカメラを同時に持ち歩きながら撮影するんです。

 

 というのも、取材先ではメリケン粉のような砂塵が舞っていて、レンズ交換を頻繁にすると、中に砂塵が入りこんで、カメラがすぐ壊れてしまうんですね。

 カメラ自体にテープを巻いたり、女性用のストッキングを巻きつけて砂塵を防御したり、カメラを守ることは大切にしていることなんです。

 今日は一番大切にしている僕の日記と、戦場カメラマンの命に次に大切なカメラをご報告させていただきました。以上、渡部陽一でした。

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