写真:アフロ

 ケガの具合が心配される遠藤航。シンクロナスで配信を続ける「月刊・遠藤航」編集部によるレポート。

執筆・文責:黒田俊

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 ユニフォームで顔を覆い、目頭を押さえる遠藤航の姿が画面に映し出された瞬間、大(おお)ごとだと感じた。

 月刊・遠藤航というコンテンツを担当して5年目。それ以前――具体的には浦和レッズ入団初日から取材を続けてきた。10年間、たぶんほとんどの試合を見ているはずだけど、ピッチ上の遠藤が「負の感情」を表に出した記憶がない。

浦和レッズに入団したのがちょうど10年前の2016年。この写真を見たとき、遠藤は「サッカーゲームの顔みたい」と笑った。

 負けていても、ミスをしても、削られても……心の内側にある「苦しさ」といった類の感情を推察できるような表情を見せない。

(記憶にあるもっとも近いそれは、2021-22シーズンで、シュツットガルトが昇降格プレーオフ行きを免れるために重要な最終戦でのシーン。フリーで飛び込んだシュートを外してしまったとき、勢いでゴールネットにまで投げ出され、そのまま悔しそうに大きな雄叫びを上げた)

 今までにないことが、起きている。

 覆った手、その指先、わずかに見える頬、集まる選手たちの反応……画面越しに、何がわかるわけでもないのに、今までどおりの遠藤航を、「断片」でもいいからと探した。

 担架が呼ばれ、医療チームがピッチを歩く姿を見て、ようやく現実に気持ちが戻っていく。

「担架……、もうちょっと急いでくれ」。遠藤航のケガを受け入れた瞬間だった。

 同時にいろんな疑問と思いが湧いてきた。

 右サイドバック、どうするの? タイミングを計ったようにケガ明けのジョー・ゴメスがユニフォームを着る姿が映し出された。

 どこの……ケガ? 試合を巻き戻してケガのシーンを見る勇気はまだなかった。

 久しぶりのスタメンなのについていない、FAカップやイングランド戦は無理だろうな、え?……ワールドカップは間に合うの?

 良くない想像ばかりが浮かぶ。そして、何より脳裏から離れなくなった疑問が「プレー続行の1分15秒」のことだった。

 ケガをしたのは、相手右サイドからのクロスを左足でカットし、コーナーに逃れたプレーだったはず。直後、遠藤はストップをかけるように右手を振り、顔をピッチにうずめた。

 が……、ほどなくして相手のコーナーキックが蹴られる映像に切り替わった。

 遠藤は、足を引きずるようにしてプレーを続けていた。サンダーランドの波状攻撃。必死に跳ね返すリバプール。遠藤はそのボールを追いかけようとし、時にジャンプを試み、短い距離ではあったがスライドを繰り返そうとした。

 ようやくボールがタッチラインを割ると、遠藤は再び倒れ込み、目を覆った。

 その間、1分15秒ほど。

 なぜ、コーナーの前に医療チームを呼ばなかったのか? そもそも遠藤はなぜ一度立ち上がったのか。なぜ……?

 コーナーキックの前の時点で、すでに大きく足を引きずっていて、どうやらその原因は左足にあり、地面につけるのも難しそうに見えた。 

  ずいぶん逡巡をしたが、メッセージを送った。

『こういうときは祈るしかできませんが、とにかく祈ります』

 送信ボタンを押すまで何度も書き直した記憶があるのに、見返してみると滑稽な文面である。

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 試合は1対0でリバプールが勝った。

 本調子とは言えないチームにとって、大きなきっかけとなるような内容だった。

 日本はもう朝。出社の時間である。スロット監督の会見を聞きながら、息子を少し早く起こしすぎたことに気づいた。

 何回か「うーん……」と口に出して考え込んでいたようで、朝の準備に忙しい息子が「え?なに? 聞こえない!」と聞き返してきた。

 よし、会社に行こう。そんな気分にはなれなかった。

 家を出る直前、一言だけ返信があった。

 いつも通りの遠藤航の言葉だった。

 簡単に言えば、何もわからなかった。安心もできないけど、より不安になることもなかった。

 ただ、ひとつだけ疑問は解けた。

「プレー続行の1分15秒」についてである。

「10人になって失点するのが、よくないから」

 それが遠藤の答えだった。

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 リバプールファンならその意味がわかると思う。

 2月に入って遠藤はプレータイムを延ばしていた。試合中、チームメイトの相次ぐケガ。そのたびに遠藤はベンチから緊急出動した。

 その一つ、ケガをした選手がピッチサイドにいて、遠藤の交代ができていない時間(ボールがピッチを割る、あるいはファールなどでゲームが止まらない限り、レフェリーが交代を認めることはない)、つまり相手よりピッチ上に1人少ない10人で戦っている間に失点をした。

 交代に備え、タッチライン際で戦況を見つめる遠藤の目の前での出来事だった。

 

 この失点で0対2となったリバプールは、遠藤投入後に2対2に追いついたものの、アディショナルタイムに痛恨の失点を喫し2対3で敗れた。

 ピッチに入れなかったのは、遠藤のせいではない。けれど、あのときと同じような「時間」を作ってはいけない。

 2月頭のこと、遠藤は語っていた。

「チーム状況は、周りが思ってるほど悪いとは思わない、少しずつ良くなっている」

 ただそうした状態は、ちょとしたことで再び暗転することがある。ちょっとしたこととは、あの10人での失点のような予期せぬ瞬間だ。

 チームにとって踏ん張りどころだからこそ、同じようなことは、絶対に避けなければならない。経験上、遠藤は分かっていた。

 だから、プレーできる状態ではないことを自覚しながら、立ち上がった。

 ジョー・ゴメスがピッチに入れる準備ができるまで。

 11人で戦えるように。

 「プレー続行の1分15秒」の真実だった。

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 今日(2月19日)にいたっても、遠藤の状態について公式のリリースはない。以来、連絡も取っていない。

 でも、編集者としてそろそろコンテンツ更新の相談をする必要がある。

 気持ちを推し量るべき、つらいときに無理をさせるのは……そんな思いがある一方で、もし自分の立場で遠藤航ならどうしていただろうか、と考える。

 きっと仕事は仕事。置かれた状況でやらなければならないことをするしかない。

 できるか、できないかではない。やるか、やらないか。そこが判断基準だ、と。

 こんなことを書いておきながら、あの「1分15秒」を美談にはできないと感じている。

 でも、そこから学べることは確かにあった。

 何より、次のPICK UP MATCHができる日を。祈ることしかできないけれど。

【月刊・遠藤航の次回コンテンツについては、週明けにメールなどでご案内をいたします。】