東京五輪の女子10000メートル決勝を走った新谷仁美(写真中央)は、横田真人のもとで急成長を遂げた(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

(木崎伸也:スポーツライター)

 陸上・中長距離の世界において、管理しない自由な指導で結果を出しているコーチがいる。『TWOLAPSトラッククラブ』(以下、TWOLAPS)を率いる横田真人(33歳)だ。

 選手として男子800メートルで2012年ロンドン五輪に出場し、現役中に米国公認会計士試験に合格。引退後にNIKE TOKYO TCのGM兼ヘッドコーチに就任し、2020年1月に自ら『TWOLAPS』を立ち上げた。

 横田はまさに新時代のコーチだ。

横田真人(よこた・まさと)現役時代は富士通陸上競技部に所属。男子800メートル元日本記録保持者であり、2012年ロンドン五輪出場。日本選手権では6回の優勝経験を持つ。 2016年に現役引退後、2017年4月NIKE TOKYO TCコーチに就任。2020年1月TWOLAPS TCを立ち上げる。 選手一人一人に合わせた”オーダーメイドのコーチング”がモットー。米国公認会計士の資格を持ち、スポーツに関連した様々なビジネスを手がけるなど、経営者としても活躍する

 実業団に所属している選手を『TWOLAPS』で引き受け、実業団から報酬をもらって指導を行う(学生に関しては無料で指導)。

 新谷仁美(10000メートル)と卜部蘭(1500メートル)は積水化学に所属しながら、普段は横田のもとで練習しており、2人とも東京五輪に出場。新谷は去年の日本選手権で10000メートルの日本記録を28秒45も更新し、東京五輪でメダル候補として期待されている。

 『TWOLAPS』では練習参加は個人の自由で、合宿に行っても朝練の強制はない。体育会系の指導とは一線を画している。

 そんな“選手の力をのびのび楽しく引き出す”コーチは、日本的な根性をどう見ているのだろう?

「選択肢を与えない」は通用しない

──横田さんは「根性」と聞いて、どんなことを連想しますか?

 気合いとか根性って、何か突き抜けるうえで、何か成し遂げるうえで、絶対に必要な要素だと僕自身は思っています。それがなくては無理。

 ただ、その根性をどうつくるかのアプローチが、最初から答えみたいな話になるかもしれませんが、今と昔は違うのかなと。

 昔は我慢をして、我慢の先に成果がある、という共通認識ができあがっていた。でも、なぜ我慢は必要なのか、どうやって我慢したらいいのか、ってことが、きちんと説明されてこなかった。

 

 今、僕の仕事は、なぜ我慢するのか、我慢した先に何があるのか、我慢の仕方を説明することです。

 我慢は絶対に必要だし、根性も絶対に必要なんですよ。それをポジティブに出すためにどうするかが、僕のコーチとしての仕事です。

──昔はコーチがやれと命じたら、黙ってやる文化があったのが、今は変わってきている?

 そういう文化は、良くも悪くも、今も残っていると思います。寮生活や合宿生活をさせて、外部から情報を遮断し、『これをやれば強くなる』と言い聞かせ、他の選択肢を与えない。その方が集中できるし、疑いも生まれてこない。特に女子の長距離の実業団は、よく合宿に行きます。

 でも今の時代、みんな携帯を持っているので、情報の遮断なんてできないんですよ。情報が簡単に手にできる時代になった。普通の感覚を持つ選手なら『なんで私はこういう練習をやっているんだろう』と感じると思うんです。

──選手が得られる情報が増え、頭ごなしの指導が成立しなくなってきているわけですね。

 あとは高校まで強制的にやらされていた選手が、大学生や社会人になって解放された途端、自由に戸惑うというケースも依然としてあると思います。

 自分で情報を選び、決断して行動するというプロセスをうまくできない。

自ら「やるしかない」をつくれるか?

──そういう選手をどう導いていますか?

 大事にしているのは、選手を『TWOLAPS』に入れるときに、きちんと目標設定の共通認識をつくることです。目標設定をきちんとしたうえで、それを宣言できない選手は、うちには入れない。

 たとえば学生で日本一や関東一になったという選手がうちに入っても、新谷や卜部のような五輪レベルの選手がいて、『本物』との差に直面する。ほとんどの学生が『ここまでやらないと五輪を目指せないのか』と感じると思います。

 だから、うちに入ったら何に直面して、何が起こるかを事前にきちんと伝える。そのうえで目標設定をする。

 僕自身は五輪へ行くことができましたが、本当に人生をかけるくらいの覚悟がないと、そこへ辿り着けないと思う。24時間、365日、生きている時間をすべて競技に費やす。

 僕はそのやり方しか知らないから、僕はそれをあなたにも求めるという話をします。事前に合意を得るわけです。

横田は2012年のロンドン五輪の男子800メートルに出場した(写真:築田純/アフロスポーツ)

 『うちは楽しそうだとか、新しいことを学べそうだといった印象を持っているかもしれないけど、めちゃくちゃしんどいよ。よほど自分が強くないと無理だ』とはっきり伝えます。

──目標設定についてのこだわりは?

 目標設定を、一発でクリアする人はかなり少ない。たいてい満足する答えが返って来ず、『じゃあ1カ月後までに考えてきて』となります。

 どうとでも捉えられる目標は、目標として不十分。過去に一発で合格したのは館澤亨次(DeNAアスレティックスエリート所属)なんですが、『2024年パリ五輪で1500メートルで決勝に進出する。だから僕はここへ来たい。なぜならこういうことができるからです』とはっきりと答えた。

 いつ、何を達成したいのか。期限があって、かつ達成度を測定できるというのが大事です。

 ダメな例でいうと、『中距離で結果を出したい』とか『陸上を盛り上げたい』とか。何が結果で、何が盛り上がりなのか、人によって違いますよね。

 僕がここを目指しているのに、実はあなたはあそこでしたというと、そのギャップの分、絶対にしんどくなる。言っていることが噛み合わなくなる。苦しくなって、絶対に我慢できなくなる。

 最初に2人で同じ場所を定めれば、苦しいときもそのための我慢だよねと言って、一緒に登って行ける。

 選手が行きたいと願っている世界が、ぼやっとしたものなのであれば、一緒に明確にしてあげて、それを言葉として宣言してもらう。そしてプロセスもある程度クリアにしてあげる。目標とプロセスが明確だったら、あとはやるしかないですから。

 

──横田さんのもとで練習するには、目標を宣言するという「儀式」が必要なわけですね。

 そうです。まさに儀式です。とはいえ選手なので、じゃあ誰もが一直線に目標に行けるかといえば、そうではない。みんな蛇行しながら行く。

 基本は選手の自走ですが、蛇行したときに『ここだよ』と軌道を戻す手伝いをする。

──あえて根性という言葉を使うと「宣言する根性」を持ってもらい、それができて初めて次のステップへ行ける。やはり宣言するのは怖いものですか?

 特に今の子たちは、目標の宣言を怖がる気がします。

 ふわっとさせておけば、責任を取らなくていい、みたいな感覚が無意識にあるのかもしれない。そんなこと言ってないですよ、みたいな感じで。

 今の子は頭が良く、逃げ方がうまい。言い訳が上手。それを絶対に許さないです。

(後編につづく)