愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば壁があると感じたことはないだろうか。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー力”に焦点を当てた本連載。

 今回は、夫婦の信頼関係に大きなダメージを与える「不倫」、つまり不貞行為について。不倫からやり直すことを選んだ夫婦の前にそびえる高い壁とは? 今回はそんな「不倫」について、夫婦カウンセラーの安東美紀子さんにお話伺います。

取材・文=吉田彰子

安東美紀子さん
心理カウンセラー

夫の秀海さん(第4回「夫婦カウンセリング編」)とともに、カウンセリングオフィス『Life Design Labo』開設。浮気・不倫などの問題を越えての夫婦関係の構築や、セックスレス、モラルハラスメントなど、夫婦間のセンシティブなテーマに精通し、行動レベルでのアドバイスを得意とする。

 

不倫の相談は千差万別

――ひと言に「不倫」と言っても、当事者たちにはさまざまな悩みや葛藤、そして心の傷が残るもの。実際に夫婦でカウンセリングを受けるご夫婦は、どんな状況にある方が多いのだろうか?

安東美紀子さん(以下、敬称略):夫婦カウンセラーの安東です。どうぞよろしくお願いいたします。不倫問題を経てのご相談としては主に「この状況をなんとか越えられるか。越えるためにできることはやってみたい」と思われているご夫婦が多いです。

 もちろん、まだ再構築に舵を切れるか決めきれないというケースもありますが、不倫が発覚したあとすぐに「再構築は無理。離婚!」と決断されるご夫婦は、夫婦でのお取り組みを中心としている私共へは相談にいらっしゃらないので、全体の状況からかなりフィルターがかかっているとは思います。

 相談内容の比率としては多いのは、夫の不倫が発覚してからのご相談。比較すると数は少ないけれど、妻側の不倫のご相談もあります。

――不倫の数だけ悩みも多様。カウンセリングを受けるタイミングとしては、発覚した直後はもちろん、ずいぶん二人で話し合ってきたけど結局埒があかないケースまで、様ざまあるようだ。

安東:守秘義務からお伝えできないケースがほとんどですが、「他の方への参考になるなら」とお声をいただいたケースからご紹介しますね。

 ひとつめのケースは、40代のご夫婦の話ですが、夫Aさんによる数ヵ月の不倫が発覚し、妻Bさんはまだ怒りが出たり、ひどく落ち込んだりどうしたらよいか迷っている段階でご相談にいらっしゃいました。Aさんも現状のままであれば離婚やむなしなのでは……という状況からカウンセリングをスタートしました。

今回のカウンセリングの解説や処方箋も紹介される「夫は、妻は、わかってない。」発売。

――その一方で何年経っても乗り越えられない、フラッシュバック※1が起きるとその都度、不倫したパートナーものすごく責めてしまう、という相談も多いそう。※1 強いトラウマ体験があった後に、その記憶が鮮明に思い出される現象

安東:別のケース夫Cさんの長年の不倫が発覚した60代のご夫婦からは、再構築を決めて話し合ってきたけれどある程度時間が経つのにケンカになってしまう、というご相談を受けました。妻Dさんは、ひとり娘に迷惑をかけまい、と再構築を決断されたそうですが、自分がどんどん嫌な人間になるように感じて悩まれていました。

――不倫が分かった直後だけでなく、それから年月を経ても尚、夫婦の間に深い溝として残り続けていることがわかる。そうならないためにも、どのように向き合っていくべきなのだろうか?

※写真はイメージです stock_colors/E+/GettyImages
 

まずは「問題意識のズレ」を考える

安東:まず、じっくりお話をお伺いしながら気持ちをほぐしてもらいつつ、お二人の間に問題意識のズレがないかを見ていきます。不倫した側、不倫された側がそれぞれ何を問題と捉えているか、それ自体がズレていることは多くあるんです。

――多くの場合、不倫をした側は、パートナーが「不倫をしたという事実に怒っている」と思うそう。なのでひたすら謝ったり、不倫相手との関係は解消したと言ったり、携帯を見せたり、GPSを付けたり、それが解決策になると思い込む。

安東:一方、不倫された側は「不倫をしたという事実」だけではなく、「不倫によって傷ついた気持ちのケアがされないこと」に憤りを感じていることもあります。その場合、謝られることではなく、まずは自分の気持ちに目を向けてもらうこと、理解してもらうこと、ケアしてもらうことを求めていたりします。

――「もう謝った、できることはした」と思う、不倫した側。一方、「どれだけ辛いか気持ちに気付いてもらえていない。共感してもらえない」と思う、された側。この両者には、問題のズレだけでなく時間のズレも生じてくるという。

安東:不倫した側が「謝って終わったはずなのに、過去をまた蒸し返してくる」と捉えてしまうと、もう自分にはなす術がなく、この先は許してくれないパートナー自身の問題と考えてしまいます。

 ここには“不倫というダメージ”から、未解消の過去の感情や現在の攻撃的な態度といったコミュニケーションの問題、未来志向になれない価値観など時間的ズレもあるかと思います。

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次に「現在地のズレ」について考える

――傷つけた側がさじを投げてしまっては、さらに大きなわだかまりが生まれてしまうことも。まずは、夫婦ともに過去の感情も含め、現在進行形の問題なんだと理解してもらうことが重要、と安東さん。それには、「問題意識のズレ」に加えて、「現在地のズレ」についても夫婦の認識が必要となる。

安東:下の図は、人が行動を変える場合のステージモデルを表した図なのですが、一番はじめの「無関心期」から、何か変えなきゃと思う「関心期」、行動には移していない「準備期」、行動し始めた「行動期」、変容させようすることが定着してくる「維持期」。この5つのステージを通ると考えられています。

※「行動変容ステージモデル」安東さんの解説を基に編集部が作成

 不倫された側は、「なんとかこの関係性を変えたい」「どうやって許していけばいいのか分からない」と悩み、いろんな人のブログを見たり調べたりできることはやってみて「③準備期」から「④行動期」にいるとします。
 しかし一方の不倫した側は、もはや二人の問題ではなくあなたの問題と思ってしまっていると、不倫という事案に関しては「⑤維持期」であっても、夫婦の関係性改善・再構築というテーマに関しては、「①無関心期」や「②関心期」にいます。全く別のステージにいることになります。

――不倫した側にも、「夫婦関係を改めて構築する必要がある・信頼関係を育み直さないと許しだけが与えられるわけではない」と問題意識や関心を持ってもらうことが次のプロセスとなってくるそう。

安東:「不倫をした・された」から、「謝罪する側・許す側」という対立になってしまっている時は、そうではなく「夫婦関係の再構築」を再びテーマにすることへの関心・行動へつなげてもらいます。

 さらに、ケンカやコミュニケーションの溝の中身をお聞きすると、不倫した側は「責められていると思ったから、反論しなきゃ、訂正しなきゃと思っていた」と、感情的な攻撃に反応的になっていることもあります。これは傷ついたパートナーの気持ちを受け止めることとは、対局の反応になりますね。
 私たちは「攻撃に防御で反応してしまうのは自然なことではありますが、そこは意識して話を聞いて気持ちに寄り添うってことが、関係性を作っていく上で必要なんです」とお伝えします。

 対立関係で決着をつけるものではなく、対話や行動を通して夫婦の新しい関係性を構築しようというマインドになれば、ようやく「③準備期」「④行動期」に「具体的に何をしたらいいのか」とリンクして、ズレが解消されていきます。

※写真はイメージです blyjak/iStock/Getty Images
 

不倫された側の心のケア

――以上のように、問題意識のズレや、取り組んでいることの現在地を夫婦で確かめた上で、それぞれの心のケアのフェーズへと移っていく。

安東:不倫を知ったパートナーは、多くの場合、大きな精神的ショックを受けたあとに、気分の落ち込み、怒りの爆発と、気持ちの乱急降下へ移ります。とても消耗しますけれど、実は大事なプロセスです。

 そうではなく「怒って当然のことが怒れていない」「落ち込んで当然なのに無感情」の場合は、自分の気持ちと繋がれていなかったりするので、残っている感情や切り離している感情を出していくことが重要。微妙なニュアンスなんですが、感情に浸りこむわけではなく、出し切るというイメージです。

――怒りが出せない、無感情の場合はどうやって感情を出していくのだろうか?

安東:感情が出ている状態は、もちろんとてもしんどいですが、発散も対処も比較的しやすいんです。一方、長期化する無感情の場合は、意識的にケアが必要なんです。感情がないのではなく、“気付けていないんだな”と認識してみることから始めます。

 不倫という状況では、「何か私が悪かったのか」「私に魅力がないから起きたのか」「私はもう愛されていないのか」「愛される価値がないのか」と、問いを通して自分でも自分を更に傷つけてしまうことがあり、感情の混乱も起きます。

※写真はイメージです Maria Korneeva/Moment/Getty Images

 「今、無感情に感じることにも意味があって、感じると痛いから、気付きにくく、感じにくくしてあるんだ」と知ること。その上で、少しずつ日常の感情を書き出していきます。

――感情を出しきったあとは、「何をしてほしいのか」自分自身で見つけていく作業へと移るそう。

安東:傷ついてボロボロになっている時、「なんでもいいから少し私の気分を良くしてほしい」が本音だと思うのですが、今後の関係性の土台も作られていくので、自分の気持ちを軸に「私が何をして欲しいか」を整理していきます。例えば……

・家計簿はアプリで連携してお金の流れを見える化して欲しい
・出張時には行動計画や宿泊先を連絡して欲しい
・パニックになっている時にはもっと話を否定せずに聞いて欲しい
・毎週金曜の夜に1時間いろんな気持ちについて話をしたい
・家事育児の関わりについて話し合いたい
・愛情表現やスキンシップをこうしてほしい

 これらはすべて相手にリクエストするためではなく、自分の隠れた欲求に気付くこと、また自分で自分のご機嫌ポイントや安心要素を知るためでもあります。

――夫婦関係の場合、その渦中にあったとしても、日常生活があり、仕事や子どもの世話、家事など止められないことがほとんど。そこには、大きな心の負担を抱えながら、日常をやり過ごさなければならない辛さがある。

安東:フラッシュバックやひどい落ち込みが続く時のコミュニケーションとしては、「今、私は落ちているから、解決策とかじゃなくて、ただ聞いて欲しい」と枕詞をつけた上で、SOSを伝えるようなこともアドバイスしています。

 パートナーは攻撃されていると思うと防御に入ってしまい、聞く姿勢がつくれず、聞いてもらえていないと更にがっかりして、喧嘩に発展してしまう。対戦したいわけじゃなく、SOSを出しているんだ!ということをわかりやすく伝えてしまった方が本題に入りやすいです。

――できることにある程度手を打った上で「不安」がまとわりつくのは、パートナーにぶつけてもケアできない領域となるそう。後編では「不倫によって傷ついた自己肯定感」についてお話伺います。

夫婦カウンセラー・安東秀海によるQ&A連載