愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば壁があると感じたことはないだろうか。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー力”に焦点を当てた本連載。
 今回は、最も近くにいるはずなのに遠く感じてしまう夫婦間のズレについて。一体どんな時に相手に対しての愛情や思いやり、価値観にズレが生じてしまうのだろう? 『みんな「夫婦」で病んでいる』著者の臨床心理士・本田りえさんにお話伺います。

取材・文=吉田彰子

本田りえさん:臨床心理士・公認心理師。武蔵野大学非常勤講師。武蔵野大学心理臨床センター相談員。トラウマケア、被害者学が専門。DV、ハラスメントなど、数多くの夫婦のカウンセリングを行いながら、心のケアに携わる。『モラル・ハラスメントのすべて』(共著)、『モラニゲ』(監修)など

そもそも本当に合っていた? スタート前からすでに夫婦はズレている

  「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」ということわざがあるように、昔から夫婦間のちょっとした諍いは日常茶飯事、と考える人が多い。では、パートナーに対してどんな悩みを持つ人が多いのだろう? オールアバウトが夫婦1000人(20~70歳)に調査した夫婦関係の悩みランキングを見てみると、1位は「家事の分担」。2位は「悩みはない」、3位は「セックスレス」という結果に。「性格が合わない」「教育方針」などの回答も見受けられる。

 

本田りえさん(以下、敬称略)「この結果を見て、『悩みはない』人が2割もいることに驚きました!『家事の分担』や『教育方針』『子供の躾』、それに伴う『性格の不一致』については私も相談が多いですね。『セックスレス』をメインに相談に来る方は少ないですが、話を聞いていくうちに実は現状そうである、ということは多々あります」

 好き合って結婚したはずが、一緒に生活するうちに夫婦にズレが生じてしまうのは、なぜ?

本田「ズレるものとは、夫婦でいうと例えば相手に対する愛情や思いやり、家族の在り方に対する認識、価値観などでしょうか。それって、そもそも合っていたのでしょうか? 

 結婚前はいろんなことで意気投合したり、共感するところが多かったとしても、結婚してからのことについて具体的に話し合う人たちって少ないですよね」

 それも当然。今まで全く経験したことのないことを結婚前に想像上でお互い擦り合わせたとしても、実際、問題にぶち当たった時に互いの考え方や対処法の違いが顕在化する


 そこで初めて『ズレ』を認識し、結婚前に『この人なら分かり合える』『苦しい時もきっと支え合っていける』と根拠なく信じていたのが幻想だったことに気づくのです、と本田さんは指摘する。

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本田「生涯発達心理学では、人生の節目に起こる出来事を『ライフイベント』と呼んでいます。妊娠、出産、入学、卒業、就職、転勤、転職、昇進、定年退職、引っ越し、マイホーム購入、親の介護、見取り、などですね。

 ライフイベントは大きな環境の変化を伴うことが多く、たとえ祝いごとであってもストレスが生じます。そんなときに親しい人と、ズレや価値観の違いが露わになることが多いかと思います」

 もともと合っていたものがズレるのではなく、そもそも夫婦は別箇の人間だからズレていて当然。それを、人生の変化のタイミングで「ズレ」として、突如現れたように感じていたとは——。

人生の節目で感じる夫婦間の違い

本田「恋人期間、新婚期間は、お互いに向き合ってうまくいく期間。ところが子どもが生まれたあともお互いを向き合っていると、意見の相違など衝突することが増えてきます。そこで、夫婦とも子どもの方を向きます。同じサイドにいる方がうまくいくからです。
 そして子どもが巣立って二人に戻ったとき、労わりあうという意味で再び向き合うと、関係性はうまくいきます」

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 では、具体的にはどんな時に夫婦間のズレとして表れてくるのだろう? 二人に最初に訪れる最も大きなライフイベントとして「妊娠・出産」があると言う。それは女性が肉体的にも精神的にも大きな変化を必要とする一方、男性はそこまで変化が伴わないからだそう。

本田「例えば、週末に二人で晩酌するのが楽しみな夫婦がいます。妊娠が分かると、妻はお酒が飲めなくなりますね。その場合、『ならば一人で外で飲もうかな』という夫と、『僕も一緒にお酒を控えるよ』という2タイプの夫がいます。

 前者のタイプでも、決して父親になる資格がないかというとそうではなく、ただ今まで慣れ親しんだ生活習慣を変えることが苦手だったり、相手に対する共感性が少し弱いだけ。そのような場合、どうすればこの先の不安が小さくなるのか、夫婦で話し合うことが重要なんです」

塵のような不満も積もればいずれ山となる

 妊娠・出産時に抱いた夫への不満は、中高年になっても後を引きやすい、と本田さんは続ける。言いたいことを我慢してしまうことの方が多いそうだが、同じように相手に落胆することが繰り返されると、塵のように積もっていくのだとか。

本田「新婚生活がスタートした時に、張り切って料理や家事を一手に引き受けていたとします。ところが、子どもが産まれて育児に追われて手一杯になると、夫(または妻)がこれまで通り家事をしないことが不満に思えてくるのですが、なかなか相手は気付いてくれません。

 このように、ライフイベントで家族構成や生活の形態が変わった時に『今、私はこういう状況の中でこんなことに困っている。今後こういった協力をしてもらえると嬉しい』のように相手に伝え、二人で話し合って対処していけるといいと思います」

 夫婦で話し合うことを避け続けていると、積もり積もった不満や不信感が心のコップに水のようにたまり、最後の一滴で溢れてしまって——感情的になって相手へ不満をぶつけてしまう。これが最もNGパターンだという。

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「まず1つは、何が不満なのか、どうしてほしいのか、をきちんと整理して落ち着いた時に時間をとって向き合って話すこと。その場の勢いで感情的に伝えることはNG。2つめは、相手の視点に立って考えてみる。3つめに今起こっている物事全体を俯瞰してみる

 その努力をすると、より相手に伝わりやすくなるでしょう。自分の立ち位置だけから物事を見ていると、お互いの見る風景は違うのでなかなか合意点に達することは難しいです」

 一方がイライラのサインを出していても相手は全く気が付かず、そして最終的にある日不満が爆発する。このケース、心当たりがある人もいるのでは? では具体的に、どんなタイミングでどのように相手に伝えればいいのだろうか——後半では心理学的「夫婦間のコミュニケーションテク」について考えます。