日進月歩の科学技術で目まぐるしく生活が変化し、グローバル化で高い競争力が求められる時代。そんな時代を泳ぎ切るのに必要なのは、自ら物事を考え、試行錯誤し、自らの力で道を切り開いていく力だろう。子どもには、そんな風にたくましく成長してほしいと願う親は多いが、その力を身に着けさせるために親は何をすればいいのだろうか。そこでサイエンスプロデューサーとして理科を楽しく伝える米村でんじろうさんに、力強く生きる力を育むヒントをうかがった。前編はでんじろうさんの子ども時代を振り返ってもらい、好奇心を育てる方法を探る。

文=津島千佳 写真=小嶋淑子

よねむら・でんじろう。1955年生まれ、千葉県出身。 東京学芸大学大学院理科教育専攻科修了後、自由学園講師、都立高校教諭を勤める。広く科学の楽しさを伝える仕事を目指し、独立。1998年「米村でんじろうサイエンスプロダクション」を設立。サイエンスプロデューサーとして科学実験の企画・開発、サイエンスショー・実験教室・各種TV番組・雑誌などの企画・監修・出演など、幅広い媒体で科学の魅力を伝えている。http://www.denjiro.co.jp/

 

自然の中で生まれた疑問を理科の授業で答え合わせ

 でんじろうさんが理科に興味を持ったのは、育った環境が大きかったという。でんじろうさんは、高度経済成長期が始まった1955年生まれ。育った房総半島はまだ高度経済成長の影響が及んでおらず、自然が遊び相手だった。

「房総半島は大きな山のない、当時は里山に囲まれた自然豊かな土地でした。道路は砂利道で車が走ると砂ぼこりが立つ、『となりのトトロ』のような世界。川で魚釣りをしたり、田んぼでどじょうをすくったり、山菜を採りに行ったり。星もよく見えて、夏の夜はヘイケボタルを捕まえたりもしていました」

 そんな環境だったため、日々接する自然への疑問が湧いてくる。

「ワラビとゼンマイってよく似ているけれど、どこが違うんだろう?とか、自然と身の回りの植物や生き物に関心を持つようになりました。

 理科の授業は、ワラビやゼンマイはシダ植物だから似ているんだ、と日常の疑問を答え合わせしている感覚で楽しかったですね。理科は生活につながっているからこそ、おもしろい。そこが理科への興味の源泉になっています」

 生活の中で不思議に感じたことを、授業で答え合わせするように学び、腹落ちさせる。その循環におもしろさを覚えたでんじろうさん。

「どうして星の位置が変わるんだろう?」「どうして木の種類によって燃え方が変わるんだろう?」。遊びや生活の中から、そんな疑問を見つける力や発想力が磨かれ、その答えを知ることができる理科を学ぶ意欲が自然と高まっていったという。

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家電を通して科学技術の素晴らしさを感じる

 

 でんじろうさんが小学3年生くらいになると、少しずつ電化製品が導入され始める。白黒テレビで放映されていた鉄腕アトムを見てすごい!と興奮し、ガス炊飯器の登場に驚き……。科学技術の恩恵を受けて、大きな進化を感じる時代でもあった。

「毎年のように新しい家電が加わり、生活はがらっと変わりました。それまでは、ごはんはかまどで炊くもの。『鬼滅の刃』の竈門炭治郎のように、母親と山に薪を取りに行く生活だったのに、マッチ1本でごはんが炊けるようになったのですから。家電を通して生活の中に科学技術が身近になって、科学技術が世界を変えていく未来にワクワクしました」

身近な不思議から子どもの好奇心を育てる

 でんじろうさんは、環境と時代によって理科に関心を持つようになる。しかし、特に身近に自然が少ない都会に住んでいては、日常的にでんじろうさんのような体験をさせるのも難しい。

 そんな環境で、子どもの好奇心を育む経験を積ませるにはどうしたらいいのか。そのヒントは、でんじろうさんが高校の物理教師時代にある。授業に無気力な生徒たちを受け持ったのだ。

「生徒たちは授業にまったく興味を示さないだけでなく、まだ田んぼがたくさんあって、ホタルが飛んでいた地域だったのに身近な自然への関心もありませんでした。彼らの好奇心を刺激する授業をしなければならない、と考えるようになりました」

 座学だけでは生徒は振り向いてはくれない。そこで今の活動にも通じる、実験をはじめ野外活動などの体験を授業に取り入れることを思いつく。

「まず生徒に興味を持ってもらうために“つかみ”が必要でした。そのため、毎時間実験室に連れて行って、実験を見せ、関心を持たせてから授業をするのが定例化していきました。

 課外授業もよくやりました。教室を飛び出し、近所の植物を観察させるんですが、ただの観察では飽きてしまう。そこで子ども時代の山菜採りの経験から、採取した野草を食べることにしました。実際口にするとなると、食べて大丈夫なのか?と興味がわくんです」

静電気でものを浮かせる実験をするでんじろうさん。あっと驚く現象で心をつかむ。

 体験させる授業によって、勉強嫌いだった生徒が理科に関心を寄せるようになる。でんじろうさんの幼少期の経験が生きている。

「くだくだしい説明って聞いていて楽しくないですよね? 年齢問わず、インパクトのある実験を見せた方が反応はいい。難しいと先入観を持たれがちな理科だからこそ、相手に楽しんでもらい、関心を持ってもらう工夫が大事です。体験してもらって楽しいと感じれば、子どもに興味を持たせることができるかもしれません」

 でんじろうさんが話すそれは、理科に限らず、すべてのことに通底している。大人にとっては当たり前に見える風景にも、子どもにとっては好奇心を刺激する。都会でも道端に咲く野草を子どもと一緒に眺め、植物の構造を一緒に確認し、名前がわからなければ図鑑で一緒に調べることはできるはずだ。

 物事を楽しむ本質は、不思議に感じることに興味を持つかどうか。親はその好奇心を引き出すため、子どもの関心の芽を摘まないことが必要だろう。

 後編では、日々進化するテクノロジーから取り残されないため、子どもが理科嫌いにならない秘訣を尋ねる。

 著名な教育法はたくさんあるけれど、理想通りにはいかないのが子育て。だからこそ聞きたい、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩パパママたちの“本当のところ”。