吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第90回は愛知工業大学名電高等学校(愛知県)#3

第74回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部(2026年11月1日、アクトシティ浜松)を舞台にした『吹部ノート 2026』(仮題)が2026年12月21日に発売します!
書籍の予約・購入はこちらから

また書籍の表紙の写真を選ぶキャンペーンも実施中。投票(11月2日締切)はこちらからアクセスしてみてください!

 

部長になった反逆児

「私は自分らしさを絶対に曲げずにやっていこう」

 3年生で部長を務め、トランペットのトップ奏者でもある宮地さくらは、愛知工業大学名電高校吹奏楽部に入るときにそう心に誓っていた。

 名電には毎年200人近い部員が所属しており、円滑に活動を進める上でさまざまなルールがあり、協調性も必要とされる。また、演奏面でも異なる楽器の音がひとつに溶け合って聞こえる「ブレンド」が持ち味で、音を合わせる、揃えるといったことが重要だ。

 チームワークの良さこそが名電の魅力のひとつだった。

 しかし、さくらは人と同じことをすることも、自分を殺して人に合わせることも好きではなかった。そして、名電でも自分を変えるつもりがなかった。

 いわば、名電らしからぬ反逆児だ。

宮地さくらさん(3年生・トランペット)

 しかし、全日本吹奏楽コンクールを控えたいま、さくらの信念が名電の演奏の中に新たな力を呼び覚まそうとしていた——。

♪

 さくらは小4で小学校の金管バンドに入り、トランペットを吹き始めた。中学でも吹奏楽部に所属していたが、高校では楽器を続けるつもりはなかった。それよりも個人で習っていたダンスのほうに夢中だったのだ。中学校の吹奏楽部は人数も少なく、コンクールではいつも地区大会止まりだった。

 だが、中2で初めて名電の演奏を生で見た瞬間、そのすごさに圧倒され、さくらの気持ちは一気に切り替わった。「名電に行って吹奏楽をやろう」と。さくらはその日のうちにダンスをやめ、名電入学に向けてトランペットのレッスンを受け始めた。親は突然の方向転換に驚いていた。

 念願かなって名電に入ることができたが、さくらは「自分を曲げない」という信念を貫いて活動してきた。だが、そんなさくらを先輩たちは温かく支えてくれた。

 高2で初めて座奏Aに選ばれ、夢の全日本吹奏楽コンクールに出場した。

 会場は楽器置き場からして東海大会までとは違う雰囲気だった。そこにいるどの学校も服装がまったく崩れておらず、カバンや楽器ケースの置き方も完璧だった。

(大丈夫かな、私たち……)とさくらは不安と緊張に襲われた。

 その思いはステージに上がるまで続いた。すると、さくらの異変に気づいた隣の席のトップ奏者を務める先輩がグータッチをしてくれた。さくらは「先輩がパワーを分け与えてくれた!」と感じ、落ち着きを取り戻すことができた。おかげで本番では自分の力を出し切ることができた。

 銀賞という審査結果には思わず涙を流した。それは悔しさの涙だけでなく、もう先輩たちとともにコンクールで演奏することはないという寂しさ、ここまでがんばれた安堵の気持ちなどがこもった涙だった。

私は私のまま部長になろう

 年が明けて先輩たちが卒業し、次の代の幹部を選ぶ投票がおこなわれた。結果、さくら以外の全員が新部長の欄にさくらの名前を書いていた。

(うれしいけど、私より強豪中学校から来た子たちのほうが目立ってたし、私は小さな部活の出身だから名電みたいな大人数で団体行動をしたこともない……)

 さくらはトランペットのパート部屋に戻ると、同期たちの前で「これからどうしよう……!」と大泣きした。歴代の部長たちはみんなパーフェクトに見えた。非の打ち所のない人間性と音楽性を持っているのが名電の部長という存在。自分がそうなれるのかまったく自信がなかった。

 それに、自分は名電の反逆児。部長なんて役割を引き受けてもいいのか……。

 自分のいいところも悪いところもすべて知っているトランペットの同期たちの前だからこそ、さくらは泣くことができた。みんなは言ってくれた。

「さくらのままでいいと思うよ」

 そうだ、私は自分を見失いかけていた。自分らしさを絶対曲げないと心に誓って入部したのだ。私は私のまま名電の部長になっていいんだ!

 さくらは伝統ある部活を背負って立つ決意を固めた。

 だが、さくらにのしかかった重圧は部長職だけではなかった。トランペットのトップ奏者として最後のコンクールに挑むことになったのだ。もちろん、自分で望んだことでもあるが、運営面でも音楽面でも名電の顔になるのは生半可なことではなかった。

 自由曲《白磁の月の輝宮夜》はトランペットパートにとって、頻出する高音(ハイトーン)や高速パッセージ、曲調の変化に応じた音色の切り替えなど、高度なテクニックが要求される曲だ。

 しかも、トップ奏者にはかぐや姫が月へ帰っていく場面を表すソロがある。さくらはそこに悪戦苦闘した。ソロでミスしてしまっては、かぐや姫は昇天できない。

 

 とくに、全国大会出場がかかった東海大会の前、唇には毎日の練習で疲労が蓄積され、ソロを吹くときにうまく楽器をコントロールできないことが多かった。

 そんなとき、同じパートの同期にはっきり言われた。

「あんたがソロをはずしたら曲が止まるんだからね。責任持って吹けないんだったら、他の人に譲ったら?」...