
その必要性は長く指摘されていながらなかなか有効な手が打てずにいる「地方創生」。
地方経済の活性化の道筋は見えず、東京の一極集中、少子高齢化への歯止めはかからないーーその背景はどこにあるのか。そして新たな一手は?
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授、長野大学客員教授の田中克徳氏は「地方大学」の持つ特徴を生かした取り組みを推進する。
地方創生の入門的知識から、課題と対策を「大学」を中心に検討する集中連載の第2回。
地域の多様な企業構成と合意形成の困難さ
前回、「大学街づくり」で取るべき施策として以下を挙げた。
・地元の協力的な有力企業が生産性と付加価値を高めるための具体策
・賃金支払い余力の創出目標
・若手人材の魅力付けと実証的な活動機会の設定
これらをどのように現実に落とし込んでいくか、現場では更なる困難が待ち構える。今回は、地方創生における「現場での実行段階でまず直面する大きな課題」について、その重要性を説明しながら、筆者がこの春から客員教員として参加している長野大学で始まったケースを交え現実的な推進の方法について取り上げる。

地域には、既得権益的な事業で収益を上げている企業、新たな事業開発が必要な企業、後継者不足に悩む企業、成長意欲の高い後継者がいる企業など、様々な企業が存在する。
これらが一同に会した場合、事業についての考え方が合わなかったり、利益相反も生じやすく結果、総花的な合意形成に陥りやすい。創造的な取り組みや持続的な地域への人材流入には繋がらず、投入される交付金などの効果も限定的になってしまうのが実情だ。
ある地域のリーダー層の方の言葉が印象的であった。「地域の皆さんにおしなべて新しいことを諮ると大抵誰かが反対して、結局進まないんですよ……」
前回、地方創生の大きな課題に取り組み施策の数が多すぎて現場の実態に合わないことをあげた。これに困難な合意形成がダブルパンチとなってお手上げ状態になってしまう。そうなると形式的な取り組みでお茶を濁す事態が頻発する。
現場(実行段階)でのこうした課題は意外に深堀して検討される機会が少なく広く認識されていない。
推進主体の明確化と「出島的」体制の構築
これらの要因を踏まえ、地域の実情を踏まえた地域イノベーションの形を創造するためには、どうすればよいだろうか。
ひとつには、行政と連携しつつも、大学側が産学連携を推進する機能を強化し、当該機能が「出島的」にその役割を担う体制を整備する、という案だ。
地域では長い歴史や制度、慣習などがあり、これは人々の安心安全や暮らしを守ってきた日本的な良さもある(※1)。一方で変化の過程では若い世代にはそれが息苦しかったり、既得権や利害対立も生じやすい。また地域では環境共生や健康でわくわくするといった市民の幸せがまず大切で、改革や雇用と言うと東京の有識者や専門家などが勝手に言っている経済偏重の考えと捉えられ異論が出やすいケースも多い。しかし、この両者は実際は二項対立的なものではない。
大学は知的かつ情緒的に地域との関係性を構築しやすい機能体である。様々な人々が活動する複雑性の高い地域社会において、社会的、経済的に中立的な立ち位置をとりやすく、実は各種の調整を発展的に昇華させるプロデュース機能を担いやすい。
この点も「大学街づくり」というアプローチが大きく地方創生に貢献できる理由として期待している。
「出島的」というのは、江戸時代に海外との貿易の窓口となった長崎の出島のように、地域社会の中で、特定の目的のために機動的に動けることが可能な組織としての性格を持たせることを意味する。(※2)
長野大学が推進する信州東信エリア
美食シティ・教育研究プロジェクト
長野大学は信州東部(東信エリア)の上田市に立地し開学以来50年以上の歴史を経て2017年公民連携により私立大学から公立大学に移行し現在に至っている。
この春から大学が地方創生分野において地域社会と共創関係を強化し産業の振興と人材育成に貢献するため「信州東信エリア/美食シティ・教育研究プロジェクト」を始動した。学生を対象とした「食文化産業とまちづくり」講座の開設と、日本料理研究会並びに企業メンバーとのコンソーシアムの2本柱で構成し、学生が食文化産業に自らのキャリアの可能性を検討するための教育プログラムや地域発の独自性の高い料飲事業等の開発を推進する。

本プロジェクトは地域固有の資源や文化、技術といった独自性を深く理解し、それを最大限に活かした産業や人材を地域に根ざして育てていくことを目的としている。そこで伝統産業となっている発酵文化・発酵食産業や、千曲川ワインバレー構想、地域の様々な食材等を活かし、地域と共生したあらたな「食文化産業」による街づくりを推進していく。
ひらたく言えば、将来的に経営やマーケティングを大学で学んだ人材が料理家や料飲関係のビジネスで身を立てていける仕組を大学が地元企業や行政と協力して創り上げていこうとするものだ。
実はこの取り組みは構想から約半年のスピードで参加メンバーやファイナンスの枠組みがおよそ固まった。大学が地域で「出島的」体制を構築して活動を始めるが、振り返るとそこにはいくつかのポイントがある。
・大学起点で地域資源を捉え総花的にならないようにテーマを絞って振興すべき産業(食文化産業)と未来の人材育成について構想した
・推進役を地元側(長野大学の教授)と首都圏側(筆者)のいずれも教員による2名体制とした。これにより、地元と首都圏双方から協力者を並行して募る体制を整えた
・協力依頼先についてはテーマと関係が深く、産業振興に積極的な地域の経営者に推進役の地元大学教授がネットワークを通して個別に働きかけた。首都圏側(筆者)はこうした構想に積極的な地元に何らか関係がある企業や研究教育コンテンツを提供できる専門家に協力を依頼した(※3)
※3 プロジェクト参加企業、専門家等
地元側:岡崎酒造株式会社、株式会社斎藤ホテル、株式会社大桂商店、信田商事株式会社 首都圏側:東急株式会社、公益社団法人日本料理研究会、他に教育研究コンテンツ提供者として複数の教授や専門家 行政側:上田市、青木村(協力)
整理すると大学街づくりの「出島的」体制について次の3点を初動期のポイントに挙げたい。
・ミッション志向の構想(食文化産業による街づくりを通した次世代の応援と地域社会の発展)
・推進役は1人ではなく地元、首都圏各々にネットワークを持つ複数名の大学関係者で構成
・テーマに関係の深い企業や専門家に絞った協力依頼と行政や大学執行部のバックアップ
イノベーター理論と「出島的」体制が持つ意味
新しい製品やアイデアが社会にどのように普及していくかを説明するモデルにイノベーター理論(※4)というものがあるが、提唱者のエベレット・ロジャーズは、採用者をそのタイミングによって以下の5つのグループに分類している。

「出島的」組織では、大学の持つ知識や技術に共感し新しいアイデアや事業の取り組みに積極的に関心を持つイノベーターや、その動きに敏感なアーリーアダプターといった感覚を持つ企業や専門家とまず一緒に取り組みを始め、連携を深めていく。これらの企業や専門家との共創を通じて具体的な成果を創出し、地域に示していくことで、多くの企業や機関の関心と参加を徐々に増やしていくことが期待できる。
地域の取り組みは関係者が多い、動かしがたい与件が多い、期間が長いなど典型的な複雑性の高いテーマである。出島的体制による大学街づくりのアプローチは、行政が動きずらい様々なしがらみや調整が必要な状況において、地方創生のアイデアを現実に落とし込む手法になり得る。
こうした出島的手法自体は、日本の地域活性化の取り組みの中で体制としては考えられていないわけではないと思う。但し、初動期のポイントとして挙げた3点のどれかが欠けても現実に落とし込めない、あるいは実効性の低い体制で終わってしまう可能性が高い。
更に初動期以降は前回取り上げたように、「産業振興を担う人材育成における経験やスキルのわかりにくさ」、「実効性ある地方への人材誘引策の検討」などについて、クリアしなければならない課題がまだまだ残っている。
その点についての具体策は長野大学でのプロジェクトの進行状況を踏まえてあらためて報告したい。
本稿が地方創生を進める大切な要因として、共創と実行する力=「現場力」への理解の一助になればありがたい。
(第三回に続く)