
地方創生。
2014年の第二次安倍晋三政権で政策の柱のひとつとして据えられた本テーマには、日本の未来がかかっていると言っていい。それは、現・石破茂政権においても「地方創生2.0」が掲げられていることからも明らかだ。
とはいえ、現時点での見通しは明るくない。地方経済の活性化の道筋は見えず、東京の一極集中、少子高齢化への歯止めはかからない。
なぜか。そして希望はないのか?
慶應義塾大学大学院特任教授、田中克徳氏は「大学」の持つ特徴を生かした「地方創生」の在り方――「大学街づくり」を提唱する。
地方創生の入門的知識から、課題と対策を検討する集中連載。
1・地方創生の可能性~大学と地域の内発的連携
人口減少と東京一極集中。
この二重の課題に直面する日本において「地方創生」は避けて通れないテーマだ。
しかし、従来型の地方創生策が「うまくいっている」とは言い難い。特徴的なのは、ともすれば補助金頼みになりがちで、地域に持続的な効果をもたらさないケースだ。
今、求められているのは、地域の実情に根ざした、新たな発想と戦略になる。
そのひとつとして、地域に存在する大学の潜在能力を最大限に引き出す「大学街づくり」というアプローチについて注目したい。
大学=「人材」と「知の宝庫」
大学は、地域にとって人材と知の宝庫である。地方にあるそれぞれの大学が、地域社会との連携を強化し、産業の振興に貢献することで、地方創生の核になり得る。
けれど現実はそうなっていない。
「地方の学生はみんな都市部に出ていきたがる」とは、その理由のひとつとしてよく指摘されることだ。
これは「必ずしもそう」とは言えない。例えば、最近「地元に残れるのならそこで働きたい」という学生は6 割を超えるという、調査結果(※1)が報告されている。興味深いのは、そういう思いがあるにもかかわらず、多くは「そうしない」ことだ。
マイナビが2024年5月9日発表した「マイナビ2025年卒大学生Uターン・地元就職に関する調査」によると「大手企業志向増加の一方で、6割以上の学生が地元就職を希望」。
なぜだろうか。
今回は、地方創生の現場での活動を通し大学のさらなる役割の可能性を問い、大学と地域社会が互いに力を引き出し合う「内発的連携」のための方策と、地域イノベーションのあり方を掘り下げる。
さらに、地方創生がこれまで十分に機能してこなかった要因を分析し、欧米と日本の違いや独自性を踏まえた現実的な解決策について記したい。
2. 地方創生における大学の役割:現状と課題
大学の潜在能力と地域活性化
まず「大学街づくり」とは、
と定義する。
海外に目を向ければ、都市の規模に関わらず、大学を中心に地域の個性を活かした「街づくり」が進み、企業、人材、技術が集積する成功例が数多く存在する(これらについては次回以降、研究仲間の一人であるUCバークレーHaas School of Businessのジョン・メツラー氏が紹介する)。
そうした事例が示すのは、大学が地域社会に深く根差し、その知的資源を地域に開放することで、イノベーションが生まれ、地域経済が活性化することだ(※2)。
一方、日本は、先進国でありながら人材と知の宝庫である大学を、地域活性化のエンジンとして十分に活用できていない。
例えば欧米では多様な資金源により大学の自治が確立しているケースが多く、地域社会との連携も比較的自由に進められる。しかし日本の大学は財源を含め政府からの影響力が依然として強く、組織を動かすのに時間を要することが挙げられる。
また欧米では技術移転と共同研究が活発であるのとは対照的に、日本は戦後から基礎研究重視の傾向がまだまだ根強い(話は少し逸れるが、例えばそれゆえ教員の評価基準も欧米と日本では異なっている)。
つまり繰り返しになるが、日本はまだ、大きな可能性を秘めた大学を地域活性化のエンジンとして活用できていないのである。
特に、少子高齢化や一極集中という問題を考えたとき、地域イノベーションの形を創造する必要があることは言うまでもない。言い換えれば、地域固有の資源や文化、技術といった独自性を深く理解し、それを最大限に活かした産業や人材を地域に根ざして育てていく。各地域にある大学は、その重要な拠点となりうる。
これは大学にとってもチャンスと言える。というのも、地方の大学が地域社会とより深く連携し、潜在能力を最大限に発揮するためには、大学自身の発想や取り組み方を未来志向にしていくことが重要となる。つまり、大学にとって、新たな価値を創造し、地域社会に貢献することで、自らの存在意義を再定義する絶好の機会なのである。
事実、地方創生と大学改革を掛け合わせたこのアイディアは、数年前から政府の中でも議論が始まっている。
2017年、政府の報告書(※3)において、地方大学の振興、東京一極集中の是正、地方における雇用創出という地方創生の目標に向けた大学改革の方向性が示された。
提言の中には、産官学連携(※4)による地域中核産業の振興、東京の大学の新増設抑制、地方へのサテライトキャンパス設置、奨学金返還支援などの取り組みが示された。
なかでも、「地方大学」が地域社会との連携を強化し、地域産業の振興に貢献することの重要性を強調している点は、地方創生の核となるべき大学の姿を明確に示していると言える。
2.3. 提言された政策の課題と具体策
ただし、冒頭でも指摘したとおり、地方創生にまつわる改革案は実を結んでいるとは言い難い。それは「大学街づくり」においても同じで、例えば先の大学改革に関する政策には、実行可能性や具体性に課題が残る。
ここではその課題について3つのポイントをあげたい。いずれも「アイデア」を「現実」に落とし込んでいくときに欠かせない視点となる。
※
1. 実行可能性の高い具体策の徹底(に欠ける)
先の報告書では、産官学連携の重要性は強調されているものの、具体的な連携体制の構築や持続可能な運営方法についての検討がなされていないように見える。
実行段階においては、取り組み方針を打ち出すときと比べて、数倍のエネルギーとコストがかかるのが一般的だ。加えて、施策の数が多すぎる。すると短冊的にお金が投入されることになり、実行可能な具体策にかかる費用や時間、人材資源とのバランスが著しく乖離していく。
コンソーシアム(目的を同じにした複数の組織・今日の共同事業体)の設立は有効だが、運営体制、財源確保、参加機関の役割分担、参加者募集の要件や進め方など、多くのことを明確に示す必要がある。
そして最初に取り組んだことが有効に機能した後に、次に取り組むべきことなどを冷静に選別し、実行手法、資金、成果指標、期間などの割り振りを組み直すことが大切である。
2. 産業振興を担う人材育成における経験やスキルのわかりにくさ
地域産業の振興を担う人材育成において、必要な経験やスキル、教育プログラムの設計など、具体的な方法論が不足している。
地域産業の振興が地域での良質な雇用の循環をもたらし、人材の地元残留率を高めるために、地域の人材において育むべき最も重要なことは事業を生み出す力、すなわち「事業開発能力と失敗も含めたその経験の蓄積」である。
大学も地域に有効な研究テーマを既存の研究内容にとらわれず新たに見出していくとともに、必要な研究者を地域に呼び込む取り組みも必要である。
地元企業側は大学の取り組みに協力し、具体的な事業開発のテーマを一緒に考え、連携する。
そのための時間や人材をコストではなく、事業の成長に向けた投資として位置づけ経営戦略の中に組み込んでいく。こうした共通認識をまず地域社会に浸透させていく実行策が必要である。
3. 実効性ある地方への人材誘引策の検討
地方への人材誘引において、給与水準の引き上げは重要な要素だが、実現には受け入れる地域の企業の生産性向上や事業開発や再編等を通した付加価値の創出による賃上げ力の向上が必須である。
給与水準に加え、働きがいのある仕事、キャリアアップの機会、魅力的な生活環境なども重要な点だ。
地方企業が、地域資源を活用した独自のビジネスモデルを構築したり、地域貢献を重視する企業文化を醸成したりすることで、人材にとって魅力的な職場となる。
※
「大学街づくり」(大学が地域社会と内発的に連携し、地域創生に貢献する)をもって「地方創生」を前進させていくためには、これらの課題を解決する必要がある。
あまりにも「大きな課題」が多く、どこから手を打っていくべきかと頭を抱える自治体も多いのではないだろうか。
重要になるのは、多くの施策の中から的を絞って最初に取り組むべきことを決めることになる。
1. 地元の協力的な有力企業が生産性と付加価値を高めるための具体策
DX の推進、オープンイノベーションの推進、高付加価値製品・サービスの開発、従業員のスキルアップなどを通して、生産性と付加価値を高める。支えるファイナンスの手法なども検討する。
2. 賃金支払い余力の創出目標
企業の業種や規模、地域の経済状況などによって異なるが、一般的には、年率3~5%程度の賃上げを継続的に実施できる水準を目指すべきであり、そのためには労働生産性を年率3%以上向上させることが必要となる。
3. 若手人材の魅力付けと実証的な活動機会の設定
働きがいのある仕事の提供、明確なキャリアパスの設定、地域との繋がりを深める機会の提供、実証的な活動機会の設定などを通して、若手人材を惹きつけ、定着を促す。
(第二回に続く)