この春、「これから何者にでもなれる」と自分自身に無限の可能性を抱き、新たな目標に向かってスタートを切った人も多いのではないでしょうか。

 しかし遺伝子によって可能性はあらかじめ決まっています。遺伝とはそれほど人生に影響を及ぼすものなのです。

 では私たちは自分の人生をどう捉えたらいいのか。

 行動遺伝学者である安藤寿康氏が「遺伝」がわれわれの人生に与える影響について解説したコンテンツ(書籍『子どもにとって親ガチャとは』(シンクロナス新書))より「環境と遺伝」の関係を全三回でご紹介します。(第二回)

 
安藤寿康
行動遺伝学者

1958年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。『能力はどのように遺伝するのか』『教育は遺伝に勝てるか?』『「心は遺伝する」とどうして言えるのか』など、著書多数。

 

安藤先生の解説動画一覧

オイディプス王の予言の話

 ギリシャ悲劇の傑作にソポクレス(紀元前497~406頃)の『オイディプス王』という作品があります。

 テーバイという国の王・ラーイオスが、いずれは子どもに殺されるという予言を受けて生まれたばかりの息子の殺害を命じますが、息子は生き延びます。そしてその子・オイディプスは父親と知らないまま予言通りにラーイオスを殺し、その后であり実母であるイオカステを知らぬままに妻に娶ってテーバイの王として君臨します。国は乱れ、先代王の殺害犯が災いをもたらしているとの神託を受けたオイディプスは捜査を開始します。そして、その殺害犯こそは自分自身だったことを知る、という物語です。

 私の知人であるユリア・コバスというイギリスの遺伝学研究者が2021年に『Oedipus Rex in the Genomic Era』(ゲノム時代のオイディプス物語)という本を出しました。ゲノムとは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を合成した用語で、DNAのすべての遺伝情報のことを指します。

 そして、『Oedipus Rex in the Genomic Era』では、遺伝子を調べることによって人それぞれの人生を予測するということも可能になった、ということが明らかにされています。

 多数の遺伝子、正確には遺伝子を構成しているDNA塩基配を何百万人の人の何百万箇所について調べると、個人の体質や病気へのかかりやすさの遺伝的可能性を得点化することができます。これを「ポリジェニックスコア」といい、このポリジェニックスコアを使って病気や体質だけでなく学歴に関しても、この人はどのレベルまで行くかということが、実際にある程度予測できてしまうようになりました。

遺伝の予言から逃れることはできるのか

 

 これまでのように、ふたごに関する調査が中心で遺伝による確率は何パーセントかなどといった研究が主だった時代には、個人の人生に遺伝子が与える影響は未知の分野でした。

 それが、科学的に語れるようになり、若い世代の行動遺伝学者が、世の中に対するメッセージ性の高い本を盛んに書くようになってきています。

 最近日本で翻訳出版されたキャスリン・ページ・ハーデンの『遺伝と平等-人生の成り行きは変えられる』(青木薫訳、新曜社)や、ダニエル・ディックの『THE CHILD CODE 「遺伝が9割」そして、親にできること: わが子の「特性」を見抜いて、伸ばす』(竹内薫訳、三笠書房)なんかがまさにそうですが、『Oedipus Rex in the Genomic Era』は、まさにそうした本の中の1冊です。

 すべては遺伝子の予言通りになるといったことが明らかになったとしたらあなたは自分の人生をどう考えますか、という問いかけです。

『ガタカ(Gattaca)』という、1997年に公開されたアメリカの近未来SF映画があります。人工授精と遺伝子操作によって優れた知能・体力・外見を持った「適正者」と、自然妊娠で生まれた「不適正者」に分けられている世界が舞台です。

 不適正者として生まれた主人公は、適性者のみに許される「宇宙飛行士」になることを夢見て計画を実行に移していきます。主人公は努力し続け、勉強もし続け、非合法的なことまで行って宇宙飛行士になっていきます。

 しかし、やはり主人公は、遺伝子が予測する特色を自分の中に持っているわけです。不適正者という制度的なハンデをすり抜けて夢を実現していく道というものを含め、宇宙飛行士になりたいというモチベーションを持ったということ自体にも遺伝的な素質があるのです。

人生をどう生きるかを再定義する

 逃れることはできません。それを素直に受け止めて、様々に探りながら意思決定をして選択をしていく、というのが人生というものです。

 可能性とは、今の自分はこうではなかったかもしれない可能性のことではありません。まさに今そこにあること、そして今そこにある可能性が人生そのものです。

 こんなはずではなかったと言って逃げることが救いになる人もいるかもしれません。しかし、それはやはり、あくまでも逃げの姿勢です。楽観的だと言われるかもしれませんが、どんなに苦しかったり嫌なことであったとしても、そこを出発点にすべきだろうと思います。

 こういうと、そんな苦しい人生などごめんだと思われるかもしれません。しかしそこはもっと気楽に考えてよい。

 苦しんでいる人たちはたくさんいます。世の中は、そうした苦しみを生む問題だらけです。

 歴史というものを振り返ってみても、そうした苦しみに負けた人たちがたくさんいました。というより、この世の中、そんな人たちだらけなのだと思います。だからこそそうした苦しみを生んでいる社会的な問題や個人的な問題をなんとかしたいと考えた人たちがたくさん生まれ、この社会を支えてくれています。

 文化や芸術、あるいは技術は、そうした中からつくり出されてきました。ネガティブな条件を遺伝的に持っている人たちがその条件を自覚し、そこを出発点とし、そういう人たちが力を合わせて何とかしようということから、おそらく、世の中はどんどん良くなっていくのです。

 苦しみは、決して1人だけのものではなく、みんなに伝え、みんなで共有していくべきものでしょう。

 そして、解決方法を考えることのできる遺伝的な才能を持っている別の人が、苦しみをなんとかする方法を発明してシステムの中に組み込んでいく、という作業を繰り返して、社会は少しずつ良くなり、人間は生きやすくなっていくのです。

<本コンテンツの内容は「動画版/電子書籍版」の2通りで配信しております。お好きなコンテンツを選んでご覧ください。>

電子書籍版/シンクロナス新書『子どもにとって親ガチャとは』
動画版/『親からの遺伝について知ることが生きる力になる!?』
 
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【DOKUGO】「教育は遺伝に勝てるか?」ー安藤寿康
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著者が自身の本について語ることで、読者が本を読んだ後、その本の魅力や知識を深められるコンテンツ「DOKUGO」。

今回語っていただくのは、「教育は遺伝に勝てるか?」(朝日新聞出版)の著者であり、行動遺伝学の第一人者である安藤寿康先生。

「行動遺伝学から見る教育の形とは?」、「遺伝が格差を生むのか」――

本をより深く理解できる詳しい解説や、この本の読者に伝えたいこと、読者がギモンに思うことの答えを著者自ら語ります。

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