愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば二人の間に壁があると感じたことはないだろうか。最も身近な存在だからこそ、こじれればこじれるほど心の重荷としてのしかかる夫婦関係――。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー法”に焦点を当てた本連載。第1回は、日常に潜む夫婦の壁についてインタビュー。壁を乗り越えた夫婦のリアルとは?

取材・文=吉田彰子

共働きで3人子育て。家事育児の分担の壁を乗り越えた夫婦

みつおさん(42)×りこさん(42)

 まず初めにお話を伺ったのは、教員のみつおさんとWebディレクターのりこさんご夫婦。26歳の時に入籍してから今年で結婚16年目を迎え、中3、小6、年中の3人のお子さんがいる。16年経った今でも親友同士のような雰囲気のお二人に、まずは育児と家事の両立について聞いてみると――。

基本的には私が料理、夫がそれ以外という分担です。結婚して長女が生まれたころは制作の仕事をしていたのですが、会社も今ほど働くママの環境も整っていなかったので帰宅は深夜になることも。その頃は今と逆で、夫が保育園のお迎え、夕食、お風呂、寝かしつけまですべてをやっていました」(りこさん)

 それからりこさんは子育てのフェーズによって、フリーランス→現在の会社員と働き方を変えてきた。りこさんがフリーランスになったとき、一家の家計を支えるのは一転して夫のみつおさんに。よく聞くのは、妻が出産や育児で仕事を辞めて家庭に入ると、夫婦に上下関係ができてしまうこと。収入や外で働く時間によって、夫婦の関係が変わったことは?

「もともと夫には『男とはこうあるべき』みたいなポリシーが皆無。なので私がフリーになっても『稼いでやってるのに!』みたいなプチ亭主関白になることはなかったです。むしろ、私が洗ったお皿を洗い直したり、洗濯ももう一度やり直したり、とにかく細かい(笑)。 でもやってくれるだけラッキーと思っています。
 夫婦二人いる意味は、『どっちかができたらいい』だと思っていて。他にも私が苦手なPTAとかご近所付き合いを、夫は率先してやってくれている。ただズボラな私とキレイ好きで細かい夫だとどうしても夫のほうが家事の分量は多いので、夫には不満があるかもしれないけど(笑)」(りこさん)

「僕もそこは特に不満を持ったことはないかな。むしろ、僕の方が家事が得意なので、家事面では足手まといなんですよね(笑)。 妻は家事よりも外で稼ぐ方が向いていると思うので、稼いできて!って感じです」(みつおさん)

※写真はイメージです Halfpoint/ iStock / Getty Images Plus

「そもそも他人ですから」で始まる心地よい夫婦の距離感。

 家事と育児の負担をきっちり50:50で割ろうとせず、“どっちかができたらいい”というおおらかなスタンス。3人の子どもを育てながら働くには、やはり夫婦がチームにならないと乗り越えられない。とはいえ、夫婦であっても“違い”は多いのだとか――。

 「むしろ、好きなものは全然合わないなと思って結婚しています(笑)。好きな映画が違うどころか、夫は映画を常に2倍速で観る人なので。ありえないでしょ? ああ、やっぱり合わないな、と(笑)。 夫だけでなく、娘にも『ママと●●(お子さんの名前)は別人格だからね』と話しています。家族は他人の集合体だと。
 先日、夫とこのテーマ“夫婦のリカバリー”について話していたら、夫は“お皿をきちんと並べることの重要性”について細かく語り出して……。改めて、やっぱり見ているところが全然違うんだなと思いました(笑)
 私はお皿なんて洗ってようが洗っていまいが、そんな細かいことどうでもいい。最終、『生きているか死んでいるかどっちがいい?』とマクロな視点で考えて、『生きている方』だったから今までやってこれたのかな、と」(りこさん)

 夫婦は他人、そもそも育った家庭も違う。そこからのスタートのはずが、共に生活しているうちに見失いがち。とは言え、どうしても譲れないものに関しては、価値観を相手にすり寄せることはできない、とりこさんは続ける。

「やはり、仕事とか子供が欲しい気持ちとか、最も根幹で大事にしているところにズレがあると難しいのかもしれないですね。夫は私が『お母さんだから〜』とか『女だから〜』とか、言われることが嫌なのをよく解っているので、一度も『仕事辞めたら?』と口にしたことがないです。
 ただ、あまりに仕事が忙しい時、義母にヘルプで1週間ほど来てもらったことがあって。その時、たまたま子供が熱を出したんです。今のようにリモートワークもできないので私は仕事へ行ったのですが、義母から『もっと仕事をセーブできないの? 子供がかわいそう』と言われました。『私の方がかわいそうです!』って言い返して、お義母さんを泣かせてしまって……」(りこさん)

 『子供がかわいそう』という言葉は、母親の心に最も辛く突き刺さる。りこさんはそれ以降、できるだけ義母の手を借りず夫婦で仕事と育児の両立を乗り切った。その時、夫のみつおさんはどう受け止めた?

「話は聞いたけど、その時は声をかけてないかもしれません。お互いの言い分が分かるので。東京で核家族で共働きで子育てをするってそういうことだから、田舎の母親には分からないだろうな、と。ただ、僕は妻が働いている方が好きだから、仕事をやめて欲しいとは決して思わなかったですね」(みつおさん)

「あと、唯一の共通点は嫌いなものが一緒なんですよね。サービスが悪いとか、あいさつができないとか。この間もあったことなんですけど、『こんなことで?』と思うほど些細なことで子どものお友達の親御さんからクレームを受けたんです。その時も夫とピッタリ意見が合いました。
 3人子供がいると毎日本当にいろんなことが起こるし、人間は嫌なことを排除して生きようとするから、好きなものがたくさんあるよりほんの僅かでも嫌いなものが一緒の方がうまくやっていけるのではないでしょうか」(りこさん)

 仲がいい夫婦=なんでも一緒の夫婦、ではない。お互いの最も大切にしているところを尊重して、様々な『違い』を受け入れることの重要性に気付かされる。みつおさん&りこさんご夫婦の話から、家事分担の壁を乗り越えるヒントを考える。

家事分担の壁を乗り越えるヒント
・家事はどっちかができたらいいと捉え、50:50の完璧な分担は目指さない
・「夫は/妻はこうするべき」と決めつけず、お互いの得意な分野を請け負う
・「夫婦といえど他人」を忘れず、相手が最も大切にしているものを否定しない
・これは嫌い、これだけはやめて、という最低限の価値観が合うとうまくいく

 

重すぎる実母が壁に。妻と実母の依存関係を断ち切った夫婦

ひろしさん(42)×さえさん(39)

 放送作家のひろしさんと会社員のさえさんご夫婦は今年で結婚3年目。共働きで2歳の息子さんとともに、都内で暮らしている。妻のさえさんには離婚歴があり「あの結婚があったから、今家庭では無理することなく過ごせている」と振り返る。

「前夫とは32歳の時に結婚し、約半年で離婚しました。ハネムーンを兼ねてハワイで挙式したのですが、帰りのフライトではすでに『離婚』の文字が脳裏に浮かんでいました」(さえさん)

 俗に言う『成田離婚』。挙式のあと1週間後に離婚を考えるのは、よほどのことがあったのかと想像してしまう。

「前夫と私の母がくだらない理由で言い争いを始めたのが発端です。母は離婚して独り身だったので、将来的には同居することも視野に入れていました。結婚前に前夫もその点には了承してくれていて。
 ところがハワイで二人がギクシャクし始めて、結婚式の直後には元夫に『もうお義母さんとはやっていけない』と言われました。もともと、母の愛情が重たすぎることに薄々気がついてはいましたが、ここまでハッキリ言われたのは衝撃で。
 それ以降、私は元夫とコミュニケーションを避けるようになり、結局半年後には離婚しました。もちろん、元夫のことをもっと大事に思えていたら、リカバリーしようと頑張ったのかもしれませんが……」(さえさん)

※写真はイメージです Tero Vesalainen/ iStock / Getty Images Plus

 当時を振り返って「元夫と母を天秤にかけた時、やはり母を優先していた」と話すさえさん。離婚後は、再び結婚することなんて考えられなかったという。しかしその後ひろしさんと巡り合い、子供にも恵まれた。

「今思うと、母は毒親だったのかなと。歪んだ愛情で、自分と娘が一心同体と思っているところがあると思います。子供が産まれるとき、母を東京に呼び寄せて産後の手伝いを頼みました。しかし、あからさまな敵意は出さないけれど夫に失礼なことを平気で言うし、そんな母親の態度を見て私が不機嫌になり、家族の空気も悪くなるという悪循環に。
 その時、私にとっての壁はお母さんだったんだと悟りました。私と夫がハッピーでないと、子供はハッピーになれない。ならば母と距離を置かないと、と」(さえさん)

週に1度、夫婦水入らずの時間が二人の絆を深める

 そう決意してから、実母と会うのは年に数回。仕事と子供の発熱が重なるなどのピンチの時も、病児保育や一時預かり保育を利用するなどして夫婦でなんとか乗り切っている。

「夫がフリーランスなので時間に縛られないのも、大きいかもしれません。復職した直後は仕事が全く終わらない上に授乳もしていたので体力も落ちて最悪だったけど、夫が頑張ってくれたのでなんとかなっています。
 あと、夫が子供をとても愛してくれているのが伝わるのも大きいかも。子供にめちゃくちゃ向き合っていてくれていて、一緒に子育てをしているのが実感できる。それは、夫婦関係にも良い方に作用していると思います」(さえさん)

 話を聞いていると、家事と育児をともにやっている夫婦には、大きな溝を感じることがない。しかし共働きが主流になってきたのも最近の話。初めての子育てで、ひろしさんはどうやってそのマインドを持てたのだろう?

「僕自身は、父が外で働き、育児や家事は全て専業主婦である母がする典型的な昭和の家庭で育ちました。確かに、子供が産まれる前は、お義母さんも来てくれるし大丈夫かな、と。
 ただ、実際に子どもが産まれてみたらお義母さんは頼れないし、妻は帝王切開の痛みもあってもはや病人同然。僕がやらないと、とギアが入りましたね。洗濯以外の家事はすべてやりました」(ひろしさん)

ひろしさんは、他にも夫婦で大切にしていることがあると言う。

「僕は、生活の中で食事がいちばん大事だと思っているんです。独身時代はそれなりにいい店に行って、美味しいものを食べたりしていたけど、コロナもあるし子供中心の生活だからそれも簡単にはできなくなっちゃって。
 週末くらいは美味しいものを食べたいなと思って、子供がベビーカーで寝た隙に二人でお酒を飲んだり美味しいものを食べる時間を過ごすようにしています。この時間がガス抜きになっているのはたしか」(ひろしさん)

「私もこれがすごくリフレッシュになっていて。夕方4時くらいからやっているお店に入って二人でお酒をちょっとだけ飲みながら、休憩して語らう。そういう時間がないと、普段はなかなか夫婦で話すことがないから、本当に貴重ですね」(さえさん)

 夫婦がともに心地よく暮らす道を、模索しながらも着実に歩んでいるひろしさんとさえさん。例え自分達の親がロールモデルとならなくても、お互いの味方として夫婦関係を築いていくことができる。

母が夫婦の壁となった時のヒント
・夫(または妻)と母を天秤にかけた時、母を選んでいないか一歩引いて考える
・母が夫婦間に悪影響を及ぼしている場合、距離を置くことを考える
・どちらも育児や家事に対して主体性を持てば、より夫婦の絆が深まる
・夫婦間で子供以外の話題の会話をする時間を、意識的に作る