吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
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愛知工業大学名電高等学校吹奏楽部(愛知県)
名古屋市千種区にある私立高校。部活動が盛んで、多数のプロ野球選手を輩出した野球部なども有名。吹奏楽部は1966年に全日本吹奏楽コンクールに初出場して以来、今年まで48回の出場を誇る(高等学校の部最多出場記録)。また、全日本マーチングコンテスト、全日本アンサンブルコンテストなどでも活躍。2026年度の部員数は190名。今年はソニー・ミュージックレーベルズより『ブラバン!名電2026』をリリース。

《全日本吹奏楽コンクールまで、あと23日——》
全国大会を控え、愛知工業大学名電高校吹奏楽部の座奏A(コンクールメンバー)はコンクール曲の練習に励んでいた。合奏の中で課題が見つかると、顧問の伊藤宏樹先生から特定のパートへのレッスンが始まる。ほかのパートは、吹奏楽部の練習棟である淳和記念館3階の合奏場から5階のパート部屋に移動し、それぞれ練習をする。
そのとき、小さな体で最大の金管楽器であるテューバを軽々と持ち上げた女子部員がいた。平野こゆき、3年生。副部長4人のうちのひとりだ。
身長151センチのこゆきは「ツナ」と名づけられた相棒のテューバを右手で抱え込むように持ち、ひょいひょいと階段を上がっていった。名電のテューバには「ジェニファー」「はるえ」「りゅうぞう」などユニークな名前がつけられている。今年、テューバのトップ奏者を務めるこゆきにとってツナはもはや体の一部だ。
「あのころの私には志(こころざし)はなかったなぁ……」
こゆきはそう思いながら、小4で金管バンドに入ったころのことを思い出す。仲良しだった「るっちゃん」こと皆瀬月奏(みなせるか)が誘ってくれなかったら、いまはまったく別のことをやっていたかもしれない。るっちゃんはいまも同じ座奏Aでトランペットを吹いている。
当時テューバ担当になったのも「あなたは根性がありそうだからテューバね」と先生に言われたからだし、自分も「学年にテューバは1人だけだから、ほかの子と比べられなくていいかな」くらいしか考えていなかった。中学で吹奏楽部に入ったのも先輩に誘われたからで、名電に興味を持ったのもるっちゃんが「名電で絶対吹奏楽やりたい!」と熱く語っているのに影響されたからだ。
志が低いまま名電に入ったが、そこで出会ったのが1つ上の川口るり先輩だった。同じテューバの川口先輩は演奏が上手なだけでなく、リーダーシップもあった。
「私もあんなふうになりたい!」
こゆきは先輩の姿に強いあこがれを抱いた。こゆきの志に変化が生まれた瞬間だった。
非公式「ブレストレーニング委員会」結成
部員数の多い名電は、コンクールやコンテストの期間は座奏A・パレコン(マーチングコンテストに挑む81人)・座奏B(イベント出演などを中心に活動)に分かれる。こゆきは高1は座奏Bだったが、高2ではオーディションを受けて座奏Aに選ばれた。
あこがれの川口先輩も座奏Aで副部長にもなっていた。こゆきは大いに刺激を受けた。
全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部の最多出場記録を持つ名電だけに、座奏Aのメンバーのレベルは高く、こゆきは自分の実力不足を痛感して落ち込むことが多かった。そんなとき、川口先輩は「返事が暗いよ。どうかした?」「目線が下がってるね」とすぐ気づいて声をかけ、話を聞いてくれた。
こゆきは母親に泣きながら悩みを打ち明けたこともあった。そのときこう言われた。
「いまのあなたは志が高いから、現実とのギャップで心が折れてるんだね」
そのとき、こゆきは初めて気づいた。あんなに志がなかった自分が、川口先輩を目標にし、先輩のようになりたいと努力してきたことで、いつしか高い志を持つようになっていたのだ! そこから「志」という言葉がこゆきのキーワードになった。
その年も名電は全国大会に出場した。こゆきにとって初めての全国大会だったが、結果は銀賞だった。
悔しさに涙を流す先輩たちの姿を見て、こゆきは思った。
「先輩たちだって悩んだり落ち込んだりしながらやってきたんだな……」
こゆきは自分の視野の狭さを痛感した。本当の意味で、まだ吹奏楽の名門・名電の一員にはなれていなかったのだと思った。でも、次はもう高校生活最後のコンクール。自分たちが引っ張っていく立場になるのだ。
年が明け、今年2月には部内の投票でこゆきはあこがれの川口先輩の後を継ぐように新たな副部長に選ばれた。新部長はカリスマ性があり、トランペットのトップ奏者でもある宮地さくら。そして、同じ副部長のそれぞれ個性的な岩田麻希・伊藤向日葵(ひまわり)・番庄(ばんしょう)由貴とともにこゆきは幹部のひとりになったのだ。
テューバパートでもトップ奏者になり、小さな体のこゆきが背負った責任はとてつもなく大きかった。
「ブレストレーニングをもっとやろう。曲を思いどおりに吹くには圧倒的な肺活量だ。それがあれば、フォルテもピアノももっと自在に表現できるんだ!」
こゆきは力強い演奏をする土台を作るため、パワーブレスという練習を始めた。全力で息を吸い、吐き出しながらスクワットのように腰を落とすのだ。これなら呼吸器官だけでなく全身を使ったブレスが身につき、ブレスの容量も広がるかもしれない。
また、こゆきが中心になって非公式の「ブレストレーニング委員会」を発足させ、メンバー5人で合奏場の外にあるウッドデッキで毎朝ブレストレーニングをし、月1回は自作の測定装置で肺活量を測るようになった。
通学で使っている駅から学校まで1キロ強の道のりは、体力づくりのために走った。
「もっともっとテューバの低音を響かせるにはどうしたらいいんだろう?」
こゆきは考えた。同じ低音楽器のバスクラリネットやコントラバスには楽器を床に立てるエンドピンがある。それを通じて楽器の響きがステージに伝わり、ステージが共鳴板となるのだ。だが、テューバにはそれがない。
「いや、2本あるじゃん! 私の足が!」
よく楽器の指導で「しっかり足を踏みしめろ」と言われた理由がわかった気がした。ツナの響きを両足でステージに伝え、名電のサウンドを足もとからドンと支えるのだ。
さまざまな努力と工夫を重ね、こゆきはテューバ奏者として成長していった。気づけば、ツナを片手に持ってひょいひょい動けるほどになっていた。
志、どこまでも高く!
今年、名電がコンクールで演奏するのは課題曲《夕映えの丘》(森山至貴)と自由曲《白磁の月の輝宮夜》(樽屋雅徳)だ。《夕映えの丘》は川崎市の夢見ヶ崎動物公園での思い出をベースにした曲だが、こゆきは実際にそこを訪れていた。進学を控え、東京の大学のオープンキャンパスに参加したこゆきは、「このためだけに部活を1日欠席するのか。なにか実りが欲しい」と考え、たまたま課題曲の舞台が遠くない場所にあることを知ったのだ。
「これは行くしかない!」
思いついたら即行動に移す。その日は雨で夕景は見られなかったが、実際に動物公園に足を運び、雰囲気や風を感じた意義は大きかった。学校に帰ってからこゆきは部員たちに現地の話をしまくり、「それ、さっきも聞いたよ」と呆れられることもあった。だが、自分も仲間たちも、確実に《夕映えの丘》の解像度が上がった。
8月30日、名電は全国大会出場をかけた東海大会の舞台に立った。
こゆきは昨年以上に緊張していたが、必死にそれを表情に出さないようにした。東海代表は3枠。全国大会常連の名電だが、「落ちたらどうしよう」という不安は大きかった。
伊藤先生の指揮で演奏が始まった。こゆきは課題曲を演奏する間、幹部として支え合ってきたさくらや由貴の音に耳を傾けるようにした。信頼できる奏者であるふたりの音はこゆきを落ち着かせてくれた。おかげで緊張を脱し、しっかりとツナを吹くことができた。
かぐや姫伝説をテーマにした自由曲《白磁の月の輝宮夜》は難曲だ。テューバと思えないほど速いパッセージもある。演奏の途中でふと気づくと、隣の2年生の男子が極度の緊張に襲われていた。8小節の休みでこゆきはこう発破をかけた。
「リラックスして!」
すると、男子は驚いた顔で「はい!」と答えた。本番中の思い切った激励だった。
12分間の演奏が終わったとき、こゆきは「最大限の力は出せた」と思えた。
表彰式は、こゆきとさくらが名電の代表としてステージに出た。
「もしここで落ちても、泣いちゃいけない。絶対、まっすぐ前を見続けてやる」
こゆきはそう心に決めていた。審査結果は金賞。そして——代表に決定! 最多記録を更新する48回目の全国大会出場が決まり、こゆきは胸を撫で下ろしたのだった。
♪
11月1日におこなわれる「吹奏楽の甲子園」を控え、名電にはまだまだ課題が多いとこゆきは感じている。音程も、音量も、個人技も、みんないま以上に磨ける。
東海大会後のミーティングでさくらが言った言葉がこゆきの心に刺さった
「先生やうまい人だけが意見を言うんじゃなく、一人ひとりが志高くやっていくのが今年の代に必要なことだと思う。みんなで音楽を合わせることも大事だけど、個々でもがんばって、今年のカラーを出していきたい」
そのとおりだとこゆきは心の中で頷いた。初めてテューバを手にしたときには無に等しかったこゆきの志だが、いまは信じられないほど高いところにある。でも、まだ足りない。志はどこまでも高くできるはずだ。
鍛え上げたブレス、両足を伝って響かせる重低音、あこがれの先輩、信頼できる仲間たちや先生——。
すべての思い出と経験と努力に支えられ、こゆきはツナとともに全国の舞台に立つ。
※冒頭の全国大会までの残り日数は取材日から換算したものです
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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