週末のピッチ。息を切らしながら、私は自分の不甲斐なさに立ち尽くすことがあります。
シニアサッカーの現場では、もはや体力やスピードで若者に抗う術はありません。だからこそ「経験値による判断」で勝負しているつもりでした。
しかし、現実は非情です。 パスコースを読み間違え、一瞬の判断の遅れが致命的なピンチを招く。「もう若くないから」という言い訳で片付けるには、あまりに悔しい瞬間が多すぎます。
そんな折、シンクロナス「岡崎慎司 dialogue w/」のこちらの記事を読み、深く考えさせられました。
▼【監督・岡崎慎司】「判断」をどう指導すればいいのか? https://www.synchronous.jp/articles/-/3612
現役時代、誰よりも泥臭く、執念でゴールをこじ開けてきたあの岡崎慎司さんが、いま指導者として驚くほどロジカルに「判断」を言語化しようとしています。選手に「判断しろ」と言うのは簡単ですが、その基準をどう定義し、どう伝えるか。その葛藤に、プロの真髄を感じずにはいられません。
これは、サッカーだけの話ではありません。 私たちの仕事の現場も、結局は「判断」の連続です。準備不足ゆえの甘い判断、感情に流された一時の判断。ピッチの上で起きているミスは、形を変えてデスクの上でも起きているのだと痛感します。
体力が落ちるシニアだからこそ、「判断」こそが残された最強の武器になる。 岡崎さんの問いかけを自分に引き寄せ、もう一度、自分の「判断の質」を再点検してみたい。
次の週末は、もう少しだけ「賢く」走ってやろう。 ……まあ、結局は走り出した瞬間に息が切れて、判断どころではなくなるのかもしれません。それでも、プライバベートでも、こうして学びがあるのは、つくづく幸せなことだと思うのです。
