起業、独立、複業など「自分軸」に沿った選択をすることで、より理想にフィットした働き方を手に入れようとした女性たちの連載「INDEPENDENT WOMAN!」。

30歳までに独立すると決めてから約6年、起業と結婚を同時に叶えた28歳。リノベーションの素晴らしさを世に広めるべく奔走する、谷島さんの起業ストーリー後編。

文=小嶋多恵子 写真=小嶋淑子

株式会社Style&Deco代表取締役 谷島香奈子 1978年佐賀県生まれ。福岡大学卒業後、株式会社ノエビア(佐賀支店)に入社。販売実績は全国トップクラス。2004年ネット広告代理店に入社後、2005年トレンダーズ株式会社にて商品プロデュース、広報・PR活動に従事するほか、人材紹介の立ち上げに参画。2006年、28歳で「不動産」と「デザイン」で新しい暮らしを創造する株式会社Style&Decoを起業。業界に先駆けて中古マンションのリノベーション・ワンストップサービス「EcoDeco」をスタート。プライベートでは小3の男女双子のママ。

“団地妻”上等、リノベーションの魅力はここにある

 公務員の夫と結婚した谷島さんは、当時、公務員官舎の団地住まい。自宅をリノベーションしたくてたまらなかったが、勝手に手を加えることはできなかった。

「ここをリノベーションしたらすごくオシャレで素敵になるのになと。なんでみんなマンションっていうと新築ばかりに目がいくんだろう?って。それがなんか悔しいんですよね。みんな知らないだけだから、私が教えて回らなくちゃって、勝手に燃えてました(笑)」

 起業して手がけたリノベーション第一号は友人宅。業務はリノベーションする過程をホームページに掲載したり、ブログで紹介したりする形からスタート。物件の紹介もした。

「一人でいろんなエリアを歩いて、リノベーションに向いていそうな物件を探して写真を撮っては、紹介していました。お客さんなんていないのにひたすら続けていましたね」

 団地の魅力にハマり、「団地マニア」というコンテンツも作った。

「当時団地って金額も安いし、周りからはそんな安い物件ばかり扱ってって言われたりもしました。当時は不動産会社ってどちらかというと男性社会だし、団地の物件ばかり探していたので“団地妻”と揶揄されたりもしましたね(笑)」

 しかし次第にホームページやブログを見たお客さんから問い合わせが入るようになる。「この記事を書いたの、あなたなんですね」といわれ、接客に親近感を持たせることもできた。

「お客さんに“団地のリノベーションってすごくいいですよね。応援してます!”と言っていただけて。お客さんと価値観を共有できた時が何よりうれしかったです」

準備万端でなくても、あとから埋めればいい

 とはいえ、とりあえずリノベーションの布教活動(=仕事)に勤しみながら、起業としては完全に見切り発車だった谷島さん。不動産の勉強を始めたのも宅建の資格を取ったのも、起業してから。

「不動産の勉強が必要だなと思ったのは、お客さんの困っていることに根っこから寄り添えると思ったから。営業代行をしながら、勉強もして、建築家などパートナーも見つけて、すべて同時進行でちょっとずつやってきた感じです。起業のために何かを整えて、というわけじゃなくて、むしろ立ち上げてから必要なパーツを埋めていくスタイルでした」

 初期投資がないことも起業のハードルを下げた。

「かかった費用はホームページの作成くらい。それもWEB広告代理店時代の先輩に格安で作ってもらいました。会社は当時の自宅の一室を事務所として登記。集客はホームページやブログを書いたりしてひたすら地道に(笑)。広告費も投じてない。当時はリノベーションという言葉がまだあまり世に知られていなくて、ライバルがいなかったんです」

 こうして少しずつ知識と経験を積み重ね、会社は小さいながらも徐々に形になっていく。谷島さんの思いを形にした事業「EcoDeco(エコデコ)」が会社の主軸になった。「EcoDeco」は不動産を探すところから中古マンションのリノベーションまでを一貫してサポートする事業だ。業界では先駆けだった。

谷島さんが中古リノベーションのメリットから実際の手順までを詳細に記した著書『ビギナーのための賢い家のつくり方 中古を買って、リノベーション。』(東洋出版)

リノベーション雑誌の創刊で業界の潮目が変わる

 ピンポイントで顧客がくる業種。でも確実に需要はあった。そして2009年、会社にとって転機が起こる。リノベーションの専門誌が創刊されたのだ。

「まさかと思いましたね。そのおかげかリノベーションという言葉が徐々に世間に広まり出したんです。うちの会社にも取材にきていただきました」

 このリノベーション雑誌「relife+(リライフプラス)」には、足を向けて寝られないと谷島さんは笑う。ようやく世の中が追いついてきた感覚。業界的にも過渡期となった。

「前はデザイン関係の仕事をしている方が顧客として多かったのですが、そういった職種とまったく関係ない、こだわりをもった一般のお客さんが来てくださるようになったんです。公務員の方がいらした時は、“ここまで届いてくれたか”と思いましたね(笑)」

 谷島さんの思いを後押しする雑誌の創刊、思いが形になり会社も軌道に乗り始める。これまで不安や迷いはなかったのだろうか?

「楽しみしかなかったです。当時は子どももいなかったしスタッフもいないし、何も背負うものがない。あとは好きなことをやるだけ!って思っていました。思い込んだら一直線なので。友人からは“鈍感力が高いね”って言われますが(笑)。とにかく失敗するというイメージはまるでなかった。失敗っていうと一番がお金のリスクかなって思うんですが、借り入れもなかったですし。ビジネスをやる上で、在庫を抱えないというのは意識していました。新卒で働いた化粧品会社時代の教訓ですね」

生き方もマンションも、自由に形にできることを伝えたい

 建築という専門外のジャンルに挑戦することも気にならなったという。

「物件を売りたい、ではなくてリノベーションして暮らすことのよさ、価値を伝えたいと思ったからだと思います。そのために不動産という知識としてのパーツが必要だっただけ」

 20代前半に女性経営者たちを見て憧れた、自身の目指す生き方とも重なった。

「もともと自由に生きたいっていう思いがあって。マンションも同じなんです。なんでみんな決まったものの中に自分を当てはめるんだろう?って。もっと自分の好きなように、自由に形にしたらいいのに、と。起業して生き方を好きなようにコントロールするのと一緒で、住宅ももっと自分の好きなようにコントロールしていこうよって、そう伝えたかったんです」

出産を機に暮らし方を考える人も多く、子連れのお客さんも多いことから、事務所にはおもちゃやベビーチェアも用意されている。

初めて経験した社員たちとの軋轢「10年の壁」

 リノベーション普及とともに会社も順調に伸び、社員も増えた。そんな中、34歳の時に双子の男女を出産、しばらくして会社に復帰する。

「子どもを生んでも自分がトップ営業マンじゃなきゃダメだと、そんな思いに縛られて苦しかったですね。そんな背中を部下たちに見せるのに必死、売上にも厳しかったと思います。デキる上司でありたかった。自分で結果を出して、背中で見せる生き方がかっこいいなって思ってましたから、そういうマネージメントしか知らなかったんです。“なんでできないの?できるまでやろうね?”って。いわゆる根性論ですよね、昔ながらの」

 起業してから10年後に襲った初めての苦しみだったと振り返る。子育てをしながら、がむしゃらに働く姿を見せても部下はついてこない。思ったように両立もできていない。働き方、労働環境、ことあるごとに衝突する毎日に、社長という立場も見失っていく。社員たちとの会話も自然と避けるようになっていた。

会社を辞めたい、自分の存在価値に思い悩む毎日

「自分の役割って何だろう?ってわからなくなってしまいました。社員たちから嫌われてまで仕事をしたくない。起業って、会社ってこんなに苦しいものなのかって初めて思いましたね。リノベーションという言葉も浸透したし、もう自分の役目も終わったなって」

 日々辞めたい気持ちでいっぱいだったという。そんな折、自社ビルを購入するタイミングで銀行から融資がおりることになる。

「これで社員たちを少しはラクにさせてあげられるってホッとした気持ちが先にありました。その時、やっぱり社員たちのことが好きな自分に気づいて。それにまだまだやりたいことがたくさんあるなって思ったんです」

お父さん的からお母さん的なマネージメントへシフト

 もう一度会社を立て直すことを決めた谷島さん。改めて今後の会社のビジョンやミッションを、社員ひとりひとりとじっくりと時間をかけて話し合い、みんなで作り直した。

「これまでは自分のやりたいことを実現するためのいち個人会社と思っていましたが、“ここからはみんなの会社だね”と、社員たちと心をひとつにし、私自身も気持ちをリセットしました。結果、私はお客さんとやりとりする表の仕事からは退いて、社員たちのサポートに回ることにしました。自分の成功体験を周りにも求めるのはもうやめ! 時代が変わったことに私だけ気づいていなかったんです(笑)。黙って背中を見せるお父さん的マネージメントから、見守るお母さん的なマネージメントにシフトしました」

自分の暮らしを大切にする生き方が人も幸せにする

 社員ひとりひとりと向き合い、ヒアリングをしていく中で「10年の壁」は次第に取り払われていく。それは自身や社員たちの暮らしと向き合うきっかけにもなった。

「お客さんの暮らしには向き合うのに、自分たちの暮らしには向き合ってなかったんですよね。今はコロナ禍でテレワークが浸透してきていますが、うちの会社ではテレワークを導入してからもう4、5年経ちます。これも自分たちの暮らしを大事にする中で、会社に来る意味ってあるのかなと話し合い、選択した結果です。木曜日は全員出社日にして、いつもより長めに1時間半くらい雑談しながらのランチミーティングをしています」

 専門のキャリアコンサルタントを交えながら会社の在り方を改善する中、社員たちとの距離もぐんと縮まったという。そこには物理的な距離は関係ない。

「役員は北海道にいますし、私も先月まで茨城にいました。島根にいる社員もいます。働く場所に縛りはありません。やっぱり自分たちの暮らしのことを真剣に考えていないと、お客さんにも伝わらないよねって」

事務所に豊富に揃う素材見本。壁紙や床材など細かいところまでこだわれるのもリノベーションの魅力。

休暇を与えることは経費のかからない投資

 社員みんなが自分の暮らしを大切に、ゆとりを持って暮らす。一見理想的だが、“ビジネス的な成功と両立するのか”との問いに、自信を持ってイエスと返ってきた。

「絶対に取り入れたほうがいいです!何より社員がよろこんでくれるし、会社を辞めなくなった。離職率がものすごく下がりましたね。経営する上でこれまでの悩みの8割は人事採用でした。採用には費用と予算がかさむ、でもしなきゃいけない、の繰り返し。それに辞めるといわれると毎回フラれたみたいでショックを受けちゃう(笑)。でもそのストレスがなくなったのは本当に大きいです」

 谷島さんと社員たちが何度も話し合い時間をかけ、辿り着いた理想の働き方。新しくいろんな休暇制度も作った。キャリアコンサルタントが言った言葉も響いた、「休暇は会社にとって経費がかからない、一番いい投資なんです」と。

 仕事のやりがいを問うと、柔らかい表情に変わった谷島さん。

「うちの設計スタッフたちは職種柄なのか、みんなクールなんです。営業マンだった私みたいに派手によろこんだりしない(笑)。だけど、そのスタッフたちがお客さんからの御礼のメールを見てニヤニヤとすごくうれしそうな顔をする。その横顔をこっそり眺めてる時が幸せなんです」

残りの20%は新しい使命感のためにとっておく

 紆余曲折ありながらも会社として理想的な働き方を定着させ、好循環な経営をしていると思える谷島さんに、現在の満足度を聞いた。

「80%くらい。起業した当時からみると想像以上に自分の理想は叶えられていると思います。最近はお客さんを呼んで暮らしにまつわるイベントもやったりしてるんです。その時にお客さん同士で暮らし方やリノベーションについて楽しそうにお話されているのを見ると、この仕事をしていてよかったなって思います」

 さらに残りの20%についても語ってくれた。

「若い世代のリノベーションはだいぶ達成できたと思うので、今後は50代以上の暮らしとかライフスタイルをサポートしていきたいです。シニア世代が暮らしやすいリノベーションはもちろんですが、暮らし方のアイデアを提供したり、情報をシェアする形でサポートできたらなと思っています」

 やり残しではない、前向きに残していたいという20%。かつて30歳までに起業すると決めた時のように“いつまでに?”とは聞き忘れたが、すでに近い目標に定まっているにちがいない。

 

谷島香奈子さんてこんな人! ご本人のリアルに迫る一問一答

――座右の銘は?

暮らしも仕事も人生も、ぜんぶ自分色にDIY。

――耳を傾けてよかった人からのアドバイスは?

自分らしくやりなさい。
起業した時も、10年の壁にぶつかった時も、答えは自分の中にしかないんじゃないの?って、事あるごとにいろんな人から言われた言葉。毎回一番心に沁みます。

――仕事をする上で譲れないことは?

正直であること。
不動産は大きなお金が舞い散る業界、だからこそ真摯に正直でありたい。そこは自分もスタッフのみんなも大事にしています。自分やお客さんの思いに背いてまでやっても続かないですから、常に“正直であること”です。

――自分の強みは?

あきらめないこと。行動できること。

――逆に直したいところは?

猪突猛進。思い込んだら一直線。

――悩みの種は?

子どもたちの教育。
仕事と家庭の両立はやればできるのですが、仕事と子どもの教育となるとすごく難しい。小学3年生でいちばん手をかけてあげなきゃいけない時期だし、双子の男の子と女の子なのでなおさらです。今はそのバランスに試行錯誤しています。

――ビジネスを始めたことで得た気づきは?

自由とは人生の選択肢を増やしていく生き方にある。
自由でありたいと常に言い続け、行動してきました。けれど、ふと“自由とはどういうことだろう?”と考えた時、自由な時間がたくさんあることではなくて、人生の選択肢を増やしていくことで、自分らしい生き方が選択できることだと気づいたんです。最近は、仕事でも子育てでも、できるだけ自分の選択肢を増やせるような生き方をしたいと思っています。

――毎日やることは?

LINEでの家族会議。
茨城にいる夫と子どもたちとLINEを繋いでの家族会議は夜の日課。その日の出来事をお互いに報告し合います。

――ストレス解消法は?

キックボクシング。
コロナ太りしちゃったので、最近キックボクシングを再開しました。まだ結果は出てないですけど(笑)、やるとスッキリします!

――落ち込んだ時の対処法は?

異業種の友人やママ友と話す。
保育園時代のママ友はそれぞれみなさんビジネスをされていて、ちがった視点でアドバイスをくれるのですごく頼れる存在。仕事だけじゃなく、子育て、生き方そのものも彼女たちから学ばせてもらっています。

――起業したい人へのアドバイスは?

まずはチャレンジを!
今はリスクを最小限におさえて起業できるすごくいい時代だと思うので、ぜひチャレンジしてほしいなって。私の子どもたちにも将来、起業してほしいですね。

――どんな世の中になってほしい?

もっと自由に好きなことや共感で繋がりやすい世の中。
コロナ禍でテレワークが定着したり、時代がすごく変わってきているなと感じていて。今後はもっと自由に、場所に縛られない生き方だったり、自分の好きなものや共感できることと繋がりやすい世の中になってくれたらいいなと思います。

――谷島さんにとって成功とは?

自分が望む選択をいつも選べること。

 

独立前と独立後の環境や気持ちの変化をチャートで分析!

 

「20代前半の会社員時代は終電まで働くなんて当たり前。でも仕事がすごく楽しかったので全然苦じゃなくて。若かったし(笑)」と谷島さん。社会人になって仕事で結果を出せたことで自己肯定感が高まり、がむしゃらな働き方もポジティブに捉えられていたよう。独立してからはすべてで満足度の高い理想的なバランスに。「働き方、暮らし方、世代、あらゆる人にとって流動的な世の中で、自分ふくめ関わる人たちすべてによりフィットしたライフスタイルを実現できたらと思っています」