102歳の現役ポーラ美容部員・堀野智子さん。39歳で、ずっと憧れていたポーラの化粧品販売の世界に飛び込み、以来61年間「辞めたいと思ったことは一度もない」と言い切ります。年齢を言い訳にしない“やり抜く力”の源はどこにあるのか。仕事を好きでい続けるコツと、折れない心のつくり方を聞きました。
102歳の現役美容部員・堀野智子さんが語る“やり抜く力”
「お風呂に入ったら、ちゃんと順序立ててやるのが大事。化粧水つけて、それから乳液、最後にクリーム。こないだ社員会で新製品を紹介された時も、はい、私買います!ってすぐ言っちゃうくらい、ポーラの製品が大好きなんです。」

そう話すのは、102歳の現役ポーラ美容部員の堀野智子さん。ここまでやってこれたのは、「綺麗になりたい」という思い。好きなことを仕事にしてきた堀野さんのやり抜く力についてお話をお伺いしました。
ずっとやりたかった仕事を諦められなかった30代
私がポーラのセールスレディを目指したのは、30代のころ。あの頃は化粧はもちろん、お手入れなんか全くしてなくて、学校を卒業した時みたいな、素っぴんのままでした。
夫には「女なんだから口紅くらいつけておきなさい」なんて言われてしまって。その時は、「ああ、そうか」と思ったけれど、ある日、すごくきれいな人と偶然会ったんです。
福島で一番大きな呉服屋さんの奥さんだったんですが、その美しさに驚いて、お友達に年齢を聞いたら、「52歳なんだよ」って言うんです。当時の私よりずっと年上なのに、どうしてあんなにきれいでいられるのかしらってすごくびっくりしました。
そうしたら、その奥さんはポーラの化粧品を使っていて「セールスの人が来るのよ」って聞いて、私も「あの人みたいに綺麗になりたい」と思ったのがきっかけです。それまで「セールス」なんて言葉も知りませんでしたから。
すぐにポーラを始められたわけじゃなくて、3人の子供がまだ小さかったから、まずは家でできる薬を入れる箱を作る内職をやりました。
ちょうどその頃、家計は大変で、夫は大学を卒業して、係長になったのに、給料は全部飲み代に消えちゃって。給料袋を持って帰ってきても、中身は空っぽ。子どもたちのご飯代もない。その時に「私が働かなきゃ、この家はどうにもならない」って決心しました。
最初は1ヶ月で50個くらいしかできなかったけど、手先が器用だったので、100個、200個、最後には300個までできるようになったんです。それでどうにか生活を繋いでいたんですが、心の中ではずっと「いつかポーラの仕事をやりたい」と思っていました。
自分がきれいになれるし、人もきれいにできる仕事でしょう? それが私にとって、とても魅力的だったんです。

そしたらある日、町で久しぶりに会った友達が「夫がポーラの事務所を始めたの。やらない?」って声をかけてくれて、「やる、やる!」って即答しました。
子供たちも一番下の子が小学校に入っていたから、朝送り出せば私も自由に動ける。この時、私は39歳。やっとやりたいことができるチャンスが舞い込んだのです。
営業成績500万円の快挙の秘訣
仕事を始めたら、すぐに飛び込み営業が始まりました。...
