中世ペルシア風の異世界を舞台に、王太子アルスラーンと仲間たちの活躍と成長を描いたファンタジー小説『アルスラーン戦記』(著:田中芳樹)。その壮大な世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!(第5回/全7回)

仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

中東風の世界に侵略するヨーロッパ風の人々 ここまで主人公を取り巻くパルス国の要素を中心に触れてきたが、ここからは(少なくとも序盤の)ヒール役...続きを読む
中世ペルシア風の異世界を舞台に、王太子アルスラーンと仲間たちの活躍と成長を描いたファンタジー小説『アルスラーン戦記』(著:田中芳樹)。その壮...続きを読む

十字軍をモデルにしたパルス侵攻

 『アルスラーン戦記』のイアルダボート教勢力によるパルスへの侵攻は、十字軍をモデルにしたものであるという。

 作中でルシタニア勢は、神が約束した豊かな地に侵攻するという名目でやってきた。これについては、第1回十字軍に際して行われたという、クレルモンの教会会議(1096年)でのローマ教皇ウルバヌス2世(在位1088~1099年)の演説が想起される。

 一般に伝えられるのは、ウルバヌスがそこで聖書を引き合いに出しつつ「乳と蜜が流れる」豊かな聖地を奪回することを呼びかけたというエピソードである。それに「神が欲したもう(ラテン語でデウス・ウルトDeus vult)」と応えた十字軍は高い士気をもって聖地に向かったとされる。

 しかし、このクレルモンでの演説には、十字軍が実際に成功したことを受けて後代に創作された要素があるとされている点には注意が必要である。

クレルモンの教会会議(15世紀の写本より)(Jean Colombe / Public domain / via Wikimedia Commons)

十字軍の目的とは

 このように聞くと、十字軍は物質的な目的を宗教的な目的で覆い隠して侵攻を行ったのだと解釈されるかもしれない。しかし、十字軍の目的は、第一義的には贖罪だった。

 ではなぜ贖罪のために戦争を仕掛けるのだろうか。...