中世ペルシア風の異世界を舞台に、王太子アルスラーンと仲間たちの活躍と成長を描いたファンタジー小説『アルスラーン戦記』(著:田中芳樹)。その壮大な世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!(第3回/全7回)

仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

パルス国の伝承 『アルスラーン戦記』の物語の核となっている要素の一つが、パルス王の先祖である英雄カイ・ホスローによってダマーヴァンド山に封じ...続きを読む
中世ペルシア風の異世界を舞台に、王太子アルスラーンと仲間たちの活躍と成長を描いたファンタジー小説『アルスラーン戦記』(著:田中芳樹)。その壮...続きを読む

パルス軍の武威

 『アルスラーン戦記』の見どころの一つが、大軍同士のダイナミックなぶつかり合いや駆け引き、そして英雄たちによる迫力のある戦闘シーンの描写であろう。実際の中世ペルシアの軍隊はどうだったのだろうか。

 興味深いのが、『アルスラーン戦記』作中に見られる狩猟と訓練を関連付ける描写である。1巻(p. 10)ではヴァフリーズが狩猟で鍛えられている旨が書かれているし、4巻(p. 148)でも狩猟と軍事訓練の関係に触れられている。

 ペルシア人は古くから練兵を兼ねた狩猟を行っていたようだ。

 古代ギリシアの有名な哲学者ソクラテスを追想した『ソクラテスの思い出』で知られるアテナイ(アテネ)の人のクセノフォンは、アケメネス朝ペルシアに傭兵として仕えた経験を持ち、その一連の経緯を『アナバシス』に記録している。その中で彼の主君であるペルシア王弟キュロスが、軍馬の鍛錬を兼ねて野獣を放した庭園で狩猟を行うのを常としていたと述べている。

 騎乗して狩猟を行う君主の姿は、軍事的指導者・国土の守護者の権威の象徴としていたるところで用いられた。

 サーサーン朝のシャープール2世は、騎乗して弓で野獣を狩る自らの姿を描かせた銀器を流通させたことで知られている。唐代の中国で作成されたと考えられている国宝・法隆寺獅子狩文錦にも、サーサーン朝の影響を受けた狩猟のモチーフが描かれている。

大正時代に復元された獅子狩文錦模造(東京国立博物館所蔵)(出典:国立博物館所蔵品統合検索システム,https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/I-97

 サーサーン朝の君主は、このように騎射で武威を示すことを良しとした。重装歩兵を主力とする古代ギリシアや槍騎兵たる騎士が活躍した西洋西欧では、少なくとも理念の上では弓は劣った武器だとみなされていたこととは対照的である。

 『アルスラーン戦記』の作中でも、主人公を取り巻く神官ファランギースや詩人ギーヴなど、弓の使い手が活躍する。

奴隷解放のジレンマ

 アルスラーンは物語が進むにつれて人間としても君主としても成長していく。その際に重要となるテーマの一つが、自由と隷属をめぐる葛藤である。...