妊娠や出産、子育てなど、ライフステージとともに揺らぐ、働くことへの価値観――。社会の変化も大きく、既存のロールモデルが通用しない時代に、自分らしい働き方とはなにか? 悩みながらも起業、独立、複業などを選択することで、より理想にフィットした働き方を手に入れようとした女性たちの等身大のストーリーを追う。

第一回は国内外のファッションブランドのPRとホールセール(卸売)を手がける〈株式会社Harumi Showroom〉Founder兼PR Directorの春海 茜さん。移り変わりの激しいファッション業界で独立、起業し、常に第一線で活躍する春海さんにとっての働くこととは? 持ち前の明るさが原動力になった、そのプロセスに迫る前編。

文=小嶋多恵子 写真=小嶋淑子

Harumi Showroom Founder兼PR Director 春海 茜

アパレル会社に勤務後、2014年株式会社ハルミショールームを設立。2021年現在の取扱いブランド数は20を超える。春海氏自身がメディアと強いつながりを持ち、PRサービスプロバイダー、ファッションビジネスコンサルタントなど幅広い業務を展開。卸業としては、三越伊勢丹、高島屋などの百貨店からユナイテッドアローズ、ビームスなどのセレクトショップまで全国100店舗以上の小売店にサービスを提供。自身の天真爛漫かつ親しみあるキャラクターはエディターやスタイリストをはじめ業界人からの信頼も厚い。一児の母。

 

ブランドイメージを作り上げる
ファッションPRの仕事

 取材時、颯爽とパンツスタイルで現れた春海 茜さん。“オシャレ”という空気を纏いながら、それ以上に「緊張します」と大きく笑う表情とのギャップがとても印象的。そんな春海さんの肩書きはアタッシュドプレス。フランス語で「広報」を意味する。主にファッションブランドのPR活動やメディア対応をするのが仕事だ。

「クライアント(=ブランド)と一緒にブランドイメージやストーリーをつくり上げて、それを実現するためのお手伝いをしています。

 クライアントからの“こういう層に買ってもらうには?”とか“こういうショップに商品を卸したい”などの希望に対して、“この媒体に露出してみましょう”とか“こういった有名人に着用いただいてみては?”などのプランニングをします。ブランドのデザイナーさんやディレクターさんの意向を丁寧にヒアリングして、望まれる結果を得るべく、方向性に沿ったPRを戦略的に展開することに加え、ブランディングやホールセール部門を担う夫であり当社の代表と協業してコンサルティング的な役割も担っています」

 具体的には、まずシーズンごとにクライアントと打ち合わせを重ねた後、洋服やアクセサリーなどコレクションのサンプルを預かり、雑誌などのメディア向けに展示会を行って実際に商品を見てもらう。その後はスタイリストへ商品を貸し出し、雑誌やテレビといった各メディアに露出させていき、ブランドの認知を高めていくのが大きな流れ。プレスリリースの作成なども担当する。

「ブランドの魅力を最大限に引き出すような文章を書くこの業務が好きなんです」

 柔らかな物腰、なのに時に向ける真剣な眼差しの中に仕事に対する“好き”という気持ちが伝わってくる。頭の中では常に成果への戦略に思考をフル回転させているとか。

「一番喜びを感じるのは、ブランドイメージを形にでき、その商品が売れた時です。スタイリストさんへの貸し出し対応をする際、どういったメディアに商品を露出するのがベストか、常に思考を巡らせながら立ち合っています。それが雑誌のカバーで着用されたり、ブランドイメージを体現するような女優さん、セレブリティの着用が叶ったりして、そこに対してお客さんからリアクションをいただけたり、実際に商品が売れたと聞いた時は“よし!”とガッツポーズがでちゃうほど(笑)。我々のPR力が功を奏した結果を目にしたり、当社のSNSで投稿したものへ反響があったりするととても興奮しますし、仕事の充実感を覚えますね」

私にしかできないPRをやってみたいと一念発起

 起業して8年目。起業前もホールセールのショールームに勤めていたが、だんだんと独立への気持ちが募っていったという。

「会社だとどうしても社内政治的なしがらみに左右されてしまう部分がありましたし、当時PR担当は私ひとりで、日々の業務をこなすことで精一杯。会社自体は好きでしたし、とてもやりがいはありました。でもひとりで抱えるブランドも多くて、限られたリソースの中で優先順位をつけないといけない。そうするとひとつのブランドのためにやりたいこと、すべきことがどうしても薄まってしまう。そのジレンマが自分の中で大きくなってしまったんです」

独立を決断したのはちょうど30歳の時。
「もっとそれぞれのブランドに寄り添ったPRがしたい!自分が本当に好きなブランドを選んで、自由にやってみたいと考えました」

 迷いや不安ももちろんあった。働き方において、さまざまな選択肢を模索したと春海さん。

「転職も選択肢にありましたね。でも、当時の会社がイヤで辞めるわけではなかったので、転職活動を想像した時に “だったら今の会社でいいじゃない”と動けずにいたんです。“結局今以上にやりがいのある働き方って自分ひとりでやる以外にないのかも”と、徐々に独立へと気持ちが切り替わっていきました」

 それでも迷いや不安が生まれた時は、信頼のおける仕事関係の友人に相談したという。
「スタイリストさんにアドバイスを求めたら、“やりたいって話をしてるってことは、もうやるって決めてるでしょ? じゃあ私がクライアントを紹介してあげる”って言ってくれて。すごくうれしかったですね。独立へ向けて強く背中を押された気がしました。夫も“借金さえしなければいいよ”とあっさりと快諾(笑)。その後すぐに夫婦でお世話になっている取引先の社長へ相談をすると、“ショールームをスタートするなら、このブランドを担当して欲しい”と、クラアイントを繋いでくれて。」

 そうして会社に退職届けを提出し、「もう後戻りはできない!」と急いで独立の準備が始まった。

 

自信はない、お金もない
「やりたい気持ち」だけで起業!

 独立してもやっていける自信はあったか?との問いに「自信なんてまったくなし!」と笑う春海さん。会社員時代に営業成績が良いとか、人脈が多いとか、いわゆる独立しても成功する条件のようなものが揃っていたわけではなく、むしろ、喋るのは苦手、知り合いも多くない。勝算があったわけでないという。

「“もうやっちゃおう!”みたいなノリ(笑)、チャレンジ精神、ただそれだけです。就職する以上の喜びを感じたかったんですよね。自分が心ときめくブランドを掘り起こして、芽が出たばかりの小さな、まだ世に出ていないブランドを大きく育てたい、有名にしたいという思いはものすごくありました。前職でも自分が担当したブランドの露出が次第に増え、卸先も広がって日本中でメジャーになる。成長していく過程を肌で感じられるのがとても楽しかった。独立する私もゼロからだし、ブランドさんと一緒にゼロから成長したいなって、もうその気持ちひとつだけです」

 さらに、起業にあたって資金面でも盤石とは言えなかった。
「正直、貯金はまったくなかったです、ほぼゼロ。お金使いが粗くて貯められないタイプだったんですよね(笑)」

 それでも、幸いしたのは、PRという仕事が、初期投資がさほどかからない業種だったこと。例えばデザイナーのように服をつくるための材料費や製造費など、大規模な初期投資は必要ない。PRを依頼してくれるクライアントさえいればスタートできる仕事だ。

「お金に関してはさほど深刻ではなかったです。とはいえ多少の資金は必要。今のショールームを借りる時は国の助成機関に申し込んで350万円を借りました。女性の起業家を支援するというもので、条件付きで低金利で借りられたんです。審査もむずかしいものではなく、数回の面談でどんな事業をしたいのかを説明するものでした」

 創業時の出費はラックや名刺などの備品、ロゴやホームページの作成。借りた350万円は内装をはじめ追加のラック購入や数ヶ月分の賃料に使ったという。

「創業当初、唯一頭を悩ませたのは会社の場所です。洋服を扱う仕事なので、スタイリストさんやエディターさんなどに商品を手に取って見ていただけるスペースが必要。希望は表参道を中心に数キロ以内のアクセス、ワンフロアワンテナントがいい。お客さんにふらっと立ち寄ってもらえるような、そんな場所がよかったんです。当時は値段に折り合う場所がなかなか見つからず、物件探しは暗礁に乗り上げました。しばらくして、自宅購入とリノベーションの際にお世話になった不動産屋さんと再会して、そちらの中古物件リノベーション事業のPRを請け負う代わりに、オフィススペースを間借りすることができました。本当に運が良かったです。」

 いよいよハルミ・ショールームがスタートした。

 

取引先が増え、個人事業主から法人へ
そんなおりにまさかの妊娠!

 記念すべき開業日は2014年1月6日。

「初日に電話が全然鳴らなかったときは一瞬、絶望しかけました。でも世間がまだお正月休みだとわかって(笑)。翌日、電話が鳴ってホッとひと安心したのを覚えています」

 そんなハプニングもあるなか、小さな一歩の積み重ねで、ビジネスは少しずつ軌道に乗っていった。

「小規模から始まりましたが、その後は比較的順調で、取扱いブランドの数も増えていき、年を越さずして法人化しました」

 個人事業主でのスタートから法人化に踏み切った理由は「会社としての信用を得るため」と「事業を拡大するため」だったという。

「私一人では手が足りなくなってきて、社員を雇うことになりました。その際、社員が信用を感じ、安心して働けるように法人にした方が良いと思ったんです。また、顧客であるブランドはもちろん、有名な百貨店に商品を卸す時など、契約する取引先が大きくなるほど会社という信用が必要でした。百貨店などは、法人相手でないと取引口座を開いてもらえないこともあるんです」

 会社を設立し、ビジネスが軌道に乗るのを肌で感じる日々のなか、思いがけず春海さんの妊娠が発覚した。

「法人化したばかりで、普通ならしばらく仕事に打ち込まなきゃと思う時期ですよね(笑)。でもちょうどその頃周りに出産する友人も増えてきて、子どもが欲しいなと考え始めていたタイミングだったんです。仕事との両立にも不安はあまり感じなくて、単純に“お休みしないといけないから、人を雇おう”と新たに人材を探しました」

 出産を経て、働き方も変化した。

「産休から復帰してからは子どものお迎えがあるので、19時までだった終業時間を17時に、始業時間も10時から9時に変えました。今は社員もみんなママなので、働く時間帯をズラせたことはよかったなって思います。そうやってライフスタイルに合わせてフレキシブルに働く環境を変えていけるところは、自分の会社ならではの良さですよね」

起業の醍醐味は自分の感覚を
一番大事に仕事ができること

 独立、会社設立、妊娠と大きな変化を迎えても、不安に押しつぶされることなく、自身の「やりたい」「こうしたい」という気持ちを優先してきた春海さん。「会社をどんどん大きくしたいとかはまったく思わない。自分の好きな仕事を選べる、働きやすい環境をつくっていける今の規模がちょうどいい」と語る。

「例えば、お取引のオファーをいただくときも、できる限りお受けしたいとは思うんですが、やはり自分が好きになれないなと思うブランドはどうPRしていいかわからない。それに、当社のお客様に合わないブランドは成長させてあげられない。そういうときは“うちの会社ではないんじゃないでしょうか”と正直にお伝えしています。ブランドさんのためを思ったら、お断りすることに勇気はいらないです。

 逆に、ブランドのデザイナーさん、社長さん、担当の方とウマが合ったりしたときには“ぜひやりましょう!”とことが運ぶことも。基本的に人が好きなので、人となりにほだされてしまうことも度々あります(笑)。そこも含めて、自分の感覚を一番大事にお仕事ができるという部分は、独立してよかったポイントだと思います」

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